第02話「現代知識、最初のチート」

 ユウトの両親が遺した畑は、予想以上に荒れていた。

 雑草が生い茂り、土は固く痩せている。これでは、種を蒔いてもまともな収穫は期待できないだろう。


「まずは、土作りからだな」


 俺はつぶやき、袖をまくった。

 記憶の中のユウトは非力だったが、実際に体を動かしてみると、思ったより力が入る。若さとは素晴らしい。

 まず取り掛かったのは、雑草取りだ。根こそぎ引き抜き、一か所に集めていく。

 この世界の村人たちは、雑草をただ燃やして処分しているようだった。もったいない。


「これは、最高の肥料になるのに」


 俺は前世の知識を思い出す。

 雑草、落ち葉、それに家畜の糞。これらを混ぜて発酵させれば、土の栄養を豊かにする堆肥が作れるはずだ。

 早速、村の家畜小屋を回り、糞を分けてもらえないか頼んでみた。

 村人たちは「そんな汚いものを何に使うんだ」と怪訝な顔をしたが、畑の隅に溜めておくだけの糞だ。断る理由もないらしく、快く分けてくれた。

 雑草と落ち葉、家畜の糞を層になるように積み重ねて水をかける。時々切り返して空気を混ぜてやれば、数週間で良質な堆肥が完成するだろう。

 次に、固くなった土を耕す作業だ。村で使われているのは、ただの重い鉄のクワ。これでは効率が悪すぎる。


「もっと、こう……土を深く、楽に耕せる道具があれば」


 俺は、村で唯一の鍛冶屋を訪ねた。頑固だが腕は確かな老人、ドルガンさんの仕事場だ。


「ドルガンさん。お願いがあるんですが」

「ん? ユウトか。なんだ、クワでも折ったか?」

「いえ、新しい農具を作ってもらいたくて。こういう形の……」


 俺は地面に、牛や馬に引かせる「犂(すき)」の簡単な図面を描いて見せた。

 刃のついた部分が土を切り裂き、その後ろの板が土を左右に反転させていく仕組みだ。これなら、人の力だけで耕すより、何倍も深く、効率的に畑を耕せる。


「なんだこりゃ? こんな奇妙な形で、本当に土が耕せるのか?」


 ドルガンさんは訝しげに眉をひそめる。


「はい。家畜の力を使えば、今までの何倍も速く、深く耕せるはずです。土がふかふかになれば、作物の根も良く伸びて、収穫量も増えます」


 俺の熱心な説明に、ドルガンさんは腕を組んでうなった。

 彼は職人だ。新しいものへの興味と、長年の経験からくる疑念がせめぎ合っているのだろう。


「……ふん。面白い。そこまで言うなら、一つ試作してやる。だが、駄賃は高いぞ」

「はい! お願いします!」


 数日後、ドルガンさんは見事な犂を完成させてくれた。

 早速、村で一番大人しい馬を借りて畑へと向かう。物珍しさに、何人かの村人たちが遠巻きに見ていた。

 最初は馬も慣れない様子だったが、すぐにコツを掴んだ。犂が土に食い込み、俺が後ろから押さえて歩くだけで、みるみるうちに固い土が掘り起こされ、ふかふかの畝ができていく。


「な……なんだ、あれは!」

「ユウトの奴、変な道具を使いおって」

「だが、すごい速さじゃないか……?」


 村人たちの驚きの声が聞こえてくる。

 半日もかからずに、荒れ放題だった畑は、見違えるように綺麗な畝の並ぶ農地へと生まれ変わった。

 してやったりと満足感に浸っていると、不意に声をかけられた。


「……おい」


 振り返ると、そこにいたのはリナだった。

 彼女は驚いたような、それでいて何かを試すような目で、耕された畑を見つめている。


「すごいな。あの固い土地を、たった半日で……。その、変な鉄の塊はなんだ?」

「これは犂っていう農具だよ。馬の力を借りて、楽に畑を耕せるんだ」

「すき……」


 リナはつぶやくと、ふかふかになった土を一掴みし、その感触を確かめるように指の間からこぼした。


「こんなに柔らかい土、見たことない……」

「これで、きっと美味しい野菜がたくさん採れるはずだ」


 俺がそう言うと、リナは一瞬、期待に満ちた顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。


「……別に、期待なんてしてない」


 言いながらも、彼女の尻尾がぱたぱたと揺れている。

 分かりやすいな、と心の中で笑った。

 堆肥作りと、犂による耕作。俺がこの世界に来て最初に行った現代知識チートは、ささやかながらも、確かな手応えを感じさせてくれた。

 まずは、この畑で村の誰もが見たことのないような豊作を実現させてやる。

 そして、あのリナに、腹一杯美味しいものを食べさせてやりたい。

 そんな新たな目標を胸に、俺は種まきの準備を始めた。

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