第03話「もふもふに囲まれた幸福な日々」

 その日から、ルカの新しい生活が始まった。

 朝、目を覚ますと砦の者たちが用意してくれた簡素だが清潔な部屋を出て、動物たちが保護されている温室へと向かう。それが彼の日課となった。


「大丈夫だよ、すぐに楽になるからね」


 ルカはまず、一番小さく弱っていたフェネックの傍らにしゃがみこみ、そっとその背中に手を当てた。手のひらから溢れ出す温かい光が、小さな体を優しく包み込む。瘴気に蝕まれていた毛並みに艶が戻り、苦しげだった呼吸がすうすうと安らかな寝息に変わっていく。

 次に森フクロウ、そして小鹿へ。ルカは一匹一匹、丁寧に【聖癒】の力を注いでいった。彼の浄化の力は絶大で、動物たちは見る見るうちに元気を取り戻していった。


 数日も経つ頃には、温室の光景は一変していた。

 あれほど静まり返っていた部屋は、今や生命の喜びに満ちている。元気になったフェネックはルカの足元をちょろちょろと駆け回り、森フクロウは彼の肩に止まって親愛の証に羽繕いをし、小鹿は安心しきった顔で彼の膝に頭を預けて眠る。

 ルカの周りは、いつしか感謝を伝える動物たちの、ふわふわで温かい"もふもふ"でいっぱいになった。


「くすぐったいよ」


 子ウサギたちが、彼の頬を小さな鼻でつんつんと突く。宮廷では決して得られなかった、純粋な好意と温かいぬくもり。評価や対価を求められない、ただ「ありがとう」という気持ちだけが伝わってくる。

(ああ、幸せだ……)

 それは、過労死した前世でも、無能と蔑まれた神官時代でも叶えられなかった、夢のような日々だった。ルカは動物たちに囲まれながら、心からの幸福を感じていた。


 ギルベルトは、そんなルカの姿を、少し離れた場所から静かに見守っていた。

 動物たちに囲まれ、柔らかく微笑むルカ。彼がいるだけで、あの淀んでいた温室の空気が、まるで春の陽だまりのように明るく澄んでいく。そしてギルベルトは、ある奇妙な事実に気づいていた。

 ルカがいる空間だけ、自分から常に漏れ出している呪いの瘴気が、明らかに和らいでいるのだ。まるで、彼の存在そのものが、浄化の力を持っているかのように。

 いつしかギルベルトは、執務の合間にこの部屋を訪れ、壁に寄りかかってその光景を眺めるのが習慣になっていた。それは、呪われた彼にとって唯一、心が安らぐ時間だった。


 ある日の午後、ルカは少し高い場所に巣を作ってしまった雛鳥の治療に夢中になっていた。背伸びをして、懸命に手を伸ばす。その時、足元の小動物に気づかず、ぐらりと体勢を崩してしまった。


「わっ……!」


 倒れる、と思った瞬間、彼の体は硬い何かに受け止められた。いつの間にか背後に立っていたギルベルトが、とっさに腕を伸ばして支えてくれたのだ。


「す、すみません、団長様!」


 慌てて体を起こそうとしたルカの手が、バランスを取ろうとギルベルトの鎧に覆われた腕に強く触れた。

 その瞬間だった。

 チリッ、と小さな音を立てて、鎧の表面に刻まれた禍々しい呪いの紋様が、ほんの一瞬だけ、淡い光を放って薄れたのだ。


「え……?」

「……今のは」


 それは本当に一瞬の出来事だったが、触れていたルカと、呪いの主であるギルベルトの二人は、その確かな変化をはっきりと感じ取っていた。

 ルカの【聖癒】が、動物たちだけでなく、この解けることのないと言われた"黒銀の鬼"の呪いにも、何らかの影響を及ぼす。

 その事実は、二人の関係を新たな段階へと進める、確かな予兆だった。

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