第13話 絶体絶命のピンチ
「は? 何か用?」
高咲が怪訝そうに、挨拶してきた雨宮を睨みつけた。
挨拶されたら返すのが常識だ。たとえ相手が友達じゃなくても。
だが、ヒエラルキー最底辺のクラスメイトに“挨拶を返す”なんて寛容さを持つはずがない高咲に、雨宮はビビる。
(お、おち、おぢづけ……)
窓際で音楽を聴くカリーナをチラリと見ながら、なんとか動揺を抑え込む。
この前みたいに二人を口論させたら、カリーナにまた迷惑をかけてしまう。
(……自分で解決してみせるんだっ)
面接、面接、面接。
全然落ち着かない頭で、熊谷の言葉を必死に思い出す。
「た、た、高咲さんは、趣味とかあったりしま、す……?」
(何聞いてんだ俺ぇ! 面接官かよ!?)
唐突な質問に、高咲は不機嫌な顔のまま口を開く。
「あっても何でお前に言わなきゃいけねーの? てか私たち、そんな接点あったっけ? すっごい馴れ馴れしくてウケるんだけど」
ニヤニヤと馬鹿にする高咲。
これはヤバいパターンだと、雨宮は直感で悟った。
あの時の、見下して徹底的に潰してやろうという眼差しだ。
このままじゃ最悪の結末に突入しかねない。
「い、いやぁ。実は、高咲さんのことが気になってて……」
(二度目の何言ってんだ俺ぇ!)
気持ち悪い苦笑いを浮かべながら、脳内で自分を呪う。
高咲のことなんて気にしたこともないし、卒業まで関わりたくない。
でも難易度を上げたのは自分だ。責任持ってクリアしないと。
「キッッッショ!? ねえ、聞いてよ皆! こいつに告白されたんだけど! めっちゃウケる!」
わざと大声で、黒板前に集まる陽キャ集団に告げ口する高咲。
ヘッドホンをつけたカリーナは気づいていない。
「え? 何? 何?」
「面白そーだから混ぜてよ」
「くっそウケる」
近づいてくる3人。
いつも高咲の周りを固める女子グループだ。
“気になってる”という本心じゃない発言のせいで、状況はどんどん悪化。
まさに四面楚歌だ。
「あれ、最近カリーナと楽しそうにお喋りしてる……高倉くんだっけ?」
ギャルっぽいのに名前を間違えられる。
カリーナに
「さっきコイツに『お、お、お、おは、おはは』ってキモい挨拶されたんだけど〜」
「めっちゃキョドってんじゃん〜」
キャハハ、と高咲グループで笑いが巻き起こる。
本当にそんな感じだったので、雨宮は恥ずかしくて俯いてしまう。
「てか私が好きなの? どこが好きなの? 顔?」
さっきまで怪訝だった高咲が、嘘みたいに爆笑してる。
雨宮を
人を何だと思ってるんだ、この女。
「でもさー、結構すごいよねー」
他の3人と比べて優しげな声で言う一人の女子。
高咲たちと同じく意識高そうな金髪の子、
「は? どこが?」
「だって、リンちゃんってすっごく声かけにくい雰囲気じゃん?」
「は? ざっけんな、私は普通に優しいし〜」
雨宮は耳を疑った。
(今、高咲、星乃さんにイジられてなかったか……?)
熊谷曰く、高咲みたいなプライドの高い奴はイジられたり否定されるのを極端に嫌う。
だから常に周りをイジれる空気を作ってるらしい。
でも、長年の友人だけは例外だとも言っていた。
つまり、取り巻きだと思ってた星乃が“教室の女王”高咲をイジれたのは、二人が対等な関係だから、かもしれない。
「そんなリンちゃんに告白するなんて、相当な度胸がないと無理でしょ? ほら、リンちゃん! 雨宮くんの勇気ある行動にイエスを!」
「ちょっ、静花! 勝手に決めんなし〜!」
高咲グループ内で再び笑いが起き、雨宮も空気を読んで笑う。
全然面白くなかったけど、笑わないと“空気読めない奴”と思われかねないから、なんとか合わせた。
「あ、じゃ、俺はフラれたってことで……いいのかな?」
「残念ながらリンちゃんじゃ、雨宮くんのピュアなハートを受け止めるには荷が重すぎたみた〜い」
星乃が冗談っぽく合わせると、
「そうそう、童貞じゃ気を遣うし疲れるんだよねー。もう少しマシになったら考えてやってもいいけど? キモオタ〜」
高咲は馬鹿にしてるけど、挨拶した時より敵意は薄い。
雨宮は何度も頭を下げ、高咲たちにイジられまくった末にようやく解放された。
やっぱり自分一人じゃレベルが高すぎた。
星乃の一言がなければ、もっと酷いことになってたかもしれない。
声をかける相手を間違え、言葉を間違え、やっぱり自分はダメダメだと落ち込む雨宮。
でも、熊谷に「自己肯定感の低い考えは控えろ」と言われたのを思い出し、逆にこれをポジティブに捉えることにした。
高咲は会話の中心になるよう空気を操ってる。
取り巻きが彼女に同意することで、高咲グループが成り立ってる。
でも、星乃は高咲と対等で、そういう相手からのイジりなら快く受け入れる。
地雷原に突撃したけど、いい収穫を得られた。
でも、一件落着とはいかず、次の問題に直面してしまう。
カリーナが拗ねていた。
騒ぎに気づいてたみたいで、高咲たちに絡む雨宮に嫉妬っぽい眼差しを向けてた。
「お、おはよう。カリーナ」
腕を組んで頬を膨らませ、前席の雨宮をじっと見つめるカリーナ。
喧嘩した相手と楽しそうに笑ってたのが、まずかったのか。
「相棒のワタシより、凜花ちゃんを優先とは」
聞き慣れたドライな声で呟く。
塩対応のカリーナモードに突入している。
「可愛いもんねー、女王だもんねー。でも、こないだ孝明くんを馬鹿にしてたよねー。それを一体誰が庇ってあげたんでしょうねー?」
何かを期待するようにニヤつくカリーナに気づいた雨宮は、合わせるように返す。
「そうだね。最近、高咲さんのことが気になってて。考えたら、なんか良いな〜って」
「それはダメだよっ! 絶対ダメ! ダメのダメだからっ!」
慌てて席から立ち上がり、指を突きつけてくるカリーナ。
冗談のつもりが本気に受け取られ「ダメ」の勢いがすごい。
「孝明くんは私だけの相棒だからっ、他の女の子に
意外な独占欲に驚きつつ、恐る恐る「はい」と返す雨宮。
それを聞いて、カリーナは安心したように胸を撫で下ろし、椅子に座り直した。
「だけど、やっぱり信用できないなー」
「え……なんでだよ?」
「昨日の約束、覚えてるかな〜? 忘れたとは言わせないよ?」
「えーと、ゲーム研究部の見学だよね」
「正解、さすが私の相棒だね」
嬉しそうに雨宮の頭を撫でるカリーナ。
付き合ってないのにカップルみたいな距離感で、クラスメイトから殺気を浴びる。
「じゃ、今日こそ見学に行きましょ。約束破ったら針千本だからねっ」
彼女はなんて言うか――—
思わせぶりな言動を連発するから、意識せずにはいられない。
カリーナの言う“相棒”は友達か、それとも恋人か。
短期間で仲良くなったとはいえ、これは飛躍しすぎか、と肩を落とす雨宮。
(俺とカリーナが恋人とか、ありえないか……)
苦笑いすると、それを見たカリーナが嬉しそうに笑った。
「やっぱり、孝明くんって可愛いよね」
「え、か、可愛いっ!?」
「うん。笑ったりするところが、特にねっ」
またしても思わせぶりな発言だ。
からかうつもりかもしれないが、周りから気持ち悪がられる苦笑いを褒められ、反応に困った雨宮は顔をそらした。
「可愛いのはカリーナのほうだよ」と気の利いた返事が浮かんでも、口に出せなかった。
—————
授業が終わり、午後の部活動時間。
カリーナとゲーム研究部の見学のため、人気のない旧校舎へ歩いていた。
なぜこんな離れた場所に部室があるのか疑問だったが、後でその理由を知ることになる。
「おい、止まれ」
廊下の前方に、恐ろしい顔の高身長男子が立っていた。
3年生だろうか。
貫禄があって、教師と見紛うほどである。
「あっ、あの人……」
カリーナは見覚えがあるのか、雨宮の背中に隠れた。
(えっ? えっ!? えええ!?)
理由が分からず固まる雨宮に、3年生が静かに近づいてくる。
絶体絶命のピンチだ。
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