第12話 作戦会議
流れで熊谷家で夕食を食べることになった雨宮。
献立は皿に山盛りになった500g以上の唐揚げだった。熊谷の弟妹たちが早い者勝ちで奪い合う中、雨宮はあまり食べられなかったが―——
(母さんより美味い!?)
母親に申し訳ないと思いつつ、熊谷家の唐揚げのあまりの美味しさに感動する。
子供たちと一緒に皿洗いをして、もう一度だけ遊んだ後、ようやく居間で熊谷からの指導が始まった。
頭には次男の
めっちゃ懐かれてる。
そんな弟妹に占領された雨宮を気にする様子もなく、熊谷は本題に切り込んだ。
「単刀直入に言うけど、雨宮って自分に自信がないよな。だから鏡の前で頭抱えて自虐的になったりする。ああいうネガティブ思考の奴って、自分磨きしても失敗に終わる傾向があるんだよ」
雨宮のネガティブが始まったのは中学生からだ。
周りがどんどん変わっていく中、自分だけが取り残され、新しいことを始めようとしても気後れして手をつけられない。
その悪循環が高校まで続き、“陰キャ”雨宮孝明が出来上がったのだ。
「じゃ、どうすれば……」
「笑顔を作ること」
「笑顔……?」
熊谷は頬を両手で釣り上げ、満面の笑みを見せた。
「どんな不細工でも、こうやって笑えば多少はマシに見えるだろ? 自信が持てない最初の段階じゃ、無理にポジティブになろうとしなくていい。時間をかけて体型や見た目の変化を実感しながら、精神面を少しずつ育てていくんだ。その間は笑顔で取り繕うって感じ」
見た目も内面も、そう簡単に変わるものじゃない。
でも、生粋のポジティブ野郎、熊谷の説得力がすごい。
「雨宮、一回笑ってみろ」
「はは……」
「キモっ」
遠慮ゼロの正直な感想が、雨宮の脆いメンタルをグサリと刺す。
来ると分かっていても、ダメージがでかい。
「日頃から笑ってねえのが丸出しなんだよ。ま、別にいいけどな」
熊谷は髪をかきながら言った。
「いいか? 笑顔には脳をリラックスさせて自律神経を安定させる効果がある。つまり、自信のない脳を騙すってことだ」
そんなことできるのかと首をかしげる雨宮だったが、ネットで見た記事を思い出す。
《感情偽装》、あながち嘘じゃないかもしれない。
「一日二回やれ。家を出る時と帰った時だ。運動するわけじゃねえから続けやすいだろ?」
「うん、確かに。今日帰ったらやってみるよ……」
雨宮は鞄からメモ帳を取り出し、熊谷の言葉を書き留めた。
スマホだと何があるか分からないし、こっちのほうが残しやすい。
「それと、喋り方な」
「し、しゃ、喋り方……?」
雨宮の苦手分野ぶっちぎり1位、“会話”だ。
「ハッキリ言って、雨宮の声は小さい。普通に喋っても噛みまくりで何言ってるか分かんねえ。人の第一印象は見た目だけじゃなく、喋り方でも決まるんだよ」
「そ、それはそうだけど、それも精神的にどうにかしないと……」
「まあな。でもコミュ力なんて想像よりどうにでもなるもんだよ。例えるなら面接だ。高校入試の時、お前も経験しただろ。あの重苦しい空気。あれと同じだ。どんなに緊張してても、声を震わせないように頭で考えた内容をそのまま伝えられるように受け答えするだろ?」
「なるほど……」
「つまり、感情は関係ないってこと。初対面の相手に緊張するのは誰だって一緒だ。俺だってする。だからって『緊張してますよ』感全開で喋るのは、面接ならアウトだろ?」
「ま、まあ……」
「その時、お前はどうしてた?」
高校入試の面接を思い出す雨宮。
緊張するのは当たり前だと開き直ったおかげで、面接官に伝わるようハキハキ喋れたのは良い記憶だ。
「緊張するものだと割り切ったら、普通に喋れた」
「よし、じゃ次に誰かと話す時、実践してみろ。どんなにアドバイスしても、こればっかりはお前次第だからな」
「お、おう……!」
喋り方は当人でしか直せない。
そこは熊谷でもどうしようもない部分だ。
「あと、近所迷惑にならない程度に『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』『ありがとう』を家で発声練習しろ。そうすりゃ声量も自然と改善される」
「あの、それって具体的にどれくらいで改善されるの?」
「うーん、俺も専門家じゃねえから経験談でしか言えねえけど、早くて半年、長くて数年じゃね?」
「長いね……」
雨宮は口角を上げて苦笑いした。
「当たり前だろ。人はそう簡単に変わらねえ。だから、日々の変化に気づくことが何より大事だ。気づくことで自信がついて、それがモチベーションの原動力になる」
熊谷はちゃぶ台のお茶を飲み干し、立ち上がった。
そして、この場で一番陽気な声で宣言する。
「決めたぜ、雨宮孝明。お前を俺と同じレベルの陽キャに育てるって!」
その瞳は、新たな目的を掲げたゲーマーのように熱く燃えていた。
頭の上で新太に髪を引っ張られながら、雨宮は口をポカンと開ける。
「で、でも、熊谷くんは部活と家庭で忙しいだろ? いちいち俺なんかのために時間を……むぐっ!?」
「自己肯定感の低い発言はナシな」
熊谷に頬をつねられ、雨宮は言葉を止めた。
“やるな”と言われたネガティブ発言を、うっかり口にしてしまったからだ。
「こないだ高咲にバカにされてたお前を見て、正直虫唾が走った。どうして、やられっぱなしのまま逃げるのかってな」
「そ、それは……彼女を刺激したらもっと酷い目に遭うかもしれなかったし……」
「どんな殺伐とした空気でも、それを笑いに変える方法がある。俺ならそうする。まあ、今のお前じゃレベルが高すぎるわな。これから身につければいい」
熊谷が本気なのが、目を見て分かる。
ただの金髪チャラ男じゃない。何事にも本気で取り組む努力家だ。
だからこそ、スクールカーストの上位に君臨できているのだ。
(彼は、本気で俺を同じレベルに……)
そんな熊谷の想いを無下にできない雨宮だった。
「分かった、お願いするよ。熊谷くん」
「ああ、俺はこう見えてスパルタ系だから、気合入れていけよ」
「うん!」
「「「おおおおおお!!」」」
弟たちが同調して盛り上がる中、膝の上の由依だけはジッと雨宮の顔を見上げて黙っていた。
この中で一番静かで、何を考えてるのか分からない子だ。
「じゃ、あとでメールで最初のステップ送るから、携帯貸せ」
自然な流れで陽キャと連絡先を交換してしまう雨宮。
カリーナといい熊谷といい、以前の自分ならありえない連絡帳だ。
なんやかんやで弟妹の遊び相手になりつつ、夜遅く帰宅することになった———
翌日。
熊谷からの指示『カリーナと東條以外の女子にあいさつする』を受け、教室に入ってすぐ目に留まった女子に挨拶を試みる。
「お、おは、よ、よう」
自他ともに認めるキモい挨拶になってしまった。
振り返った女子は怪訝そうな顔で、雨宮と目が合う。「ああ?」 雨宮は戦慄した。
相手をよく確認せず、勢いで挨拶してしまったからだ。
「なんだ、キモオタじゃねーか。何か用?」
(じ、地雷ぃぃぃぃぃぃ!!!!!)
挨拶した相手は、“教室の女王”と恐れられる高咲凜花だった。
―――――
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