第17話 夢洲からの脱出
エスカレーターに乗り、地上に下りた。そこから東ゲートへと向かう途中、二郎が急に言った。
「このまま一斉に帰ったら、駅ですごい並ぶんじゃない?ずらした方がいいんじゃない?」
二郎は日中、ちょっとコモンズ館にも入ったそうなのだが、
「夜は空いてるんだけどねー。」
と言われたそうなのだ。だから、今から行くのはどうかと言う。確かに、私はコモンズ館に入りたかったし、疲れたとはいえそれもありかも。
だが、さっきドローンショーを観た直後に足が疲れた~と言っていた一郎。当然嫌だと言う。もうやっていないかもしれないし、と。しかし二郎も黙っていない。どうせこのまま進んでも、のろのろと駅で立って歩いている事になる。それなら疲れるのは同じだと言う。
まあ、私がコモンズ館行きたいと言ったので、結局一郎も行く事に賛成してくれた。そして、地図を見た。が……コモンズ館は遠い。あまりに遠い。だって、どのみち万博は10時までしかやっていなくて、もう9時20分なのだ。コモンズ館に行ったら9時半を過ぎてしまう。せっかく歩いて行ったのに終わりだったらがっかりだ。
という事実が発覚し、二郎も断念。このまま帰る事にした。ああ、それならさっきまっすぐ帰った方がどれだけ良かったか。ぐちゃぐちゃ話し合っている時に、大勢に抜かされたのだった。
東ゲートに到着。ここまではスムーズだった。しかし、ゲートを出るのにちょっとのろのろ。そして出たら右へと行かされる。なんか見た事のない場所だ。ただ、ゲートから遠く離れているわけではないらしい。ゲートはずっと見えていた。ひたすら大回りさせられているだけだった。そこで、一郎が手に持っていた紙袋の持ち手を見せた。
「あー、ここがボロボロになっちゃったよ。マジで買った意味なかったー。」
と言う。あーあ、確かに。せっかく記念に取って置けると思ったのに。でも二郎が、買った意味はあったよ、これも思い出じゃないか、などと前向きな発言をしていた。
そこへ、また問題発覚だ。二郎はここへ来る時、桜島駅で交通系ICカードにチャージしに行ったはずだったのに、あの時はまだ出られるだけは入っていたと分かってチャージしなかったと言うのだ。
「はあ?お前、何やってんだよ……」
流石に兄、呆れかえる。私も驚いたぞ。
「お前、ここでチャージに並ぶのか?なんだよー。」
流石に兄、怒る。
「僕だって、チャージしとけばよかったと思うよ。帰りの事は全然考えてなかったんだよ。」
二郎が言う。もう開き直っている。完全に自分が悪いからね。
私はひたすら気分が悪い。混み合っていて風通しが悪く、汗臭い匂いもあちこちからしてくるし、暑い。そして痰が喉にあって気持ち悪い。のど飴を舐めても、何だか余計に喉がベタベタする。マスクをしてみたら、却って息苦しいのですぐに外した。
また、二郎は足が痛い痛いと言い始めた。石黒館に行って一時元気になったが、その効果が切れたらしい。これまでしばらく夏休みだった為、ずっと部屋に引きこもり気味だった二郎。つまり運動不足なのだ。私も病気のせいでしばらく運動が出来ず、運動不足だったが、その割には歩けた。ただ腰が痛かったので、たこ焼きの後に痛み止めの薬を飲んでいた。だから今、何とかなっているのかもしれない。
一方、
「何とかチャージしない手はないかな。ここの改札機って、カードで通れるのなかったっけ?」
一郎はまだ改札の事を頑張って考えている。
「そういえば、そんな機械もあったかも。」
私が記憶を手繰る。でも、何せ自分がやっていないから確信は持てない。
「でも大丈夫だよ、そんなに並ばないでチャージできるよ。」
私が言う。
「でもさ、けっこういると思うよ。お年寄りも一定数いるでしょ。ICカードを持っていない人とか、チャージし忘れた人もさ。」
一郎の想定と、私の想定はなんか違う。チャージする機械はいくつもあるだろうし。
「俺がカードで入って、スマホを二郎に渡せばいいかな。」
なんか面倒な事を考えている。
「でも、カードで通れる機械を探す方が大変じゃない?」
と、私が言う。そして、長かったがやっと駅の入り口にやってきた。駅には真横から入る。
「だいたい券売機って右じゃない?右端に行った方がよくない?」
と、二郎が言った。
「いや、右には何もないよ。階段を下りたら左の後ろに券売機があって、その前に改札があるよ。」
そう私が言って、階段の左端に寄っていった。元々列の真ん中辺にいたのだ。階段が現れた。すると左は階段だが、右端がエスカレーターだった。
「うわ、階段だ。イタイ、イタタタ。」
二郎、ふくらはぎとか色々とやばいらしい。でも、やっと下の様子が見えた。
「本当だ、右には何もない。流石お母さん。」
二郎に言われた。我々、今日は西ゲートから入ったのでこの夢洲駅の事を二郎は見た事がなかったのだ。一郎は一人で来た時に東ゲートから入退場しているので、むしろシャトルバスや西ゲートが初めてだったのだ。私は5日間のボランティアで西も東も経験していた。
階段を下り切った。振り返れば階段にミャクミャクの絵が現れるのだが、人がいっぱいだから写真を撮るわけにもいかなかった。券売機はたくさんあったので、二郎は2人くらい待ったものの、割とすぐにチャージ出来た。だが、そもそも全ての改札機がクレジットカードやペイペイなどで入場出来たのだった。すごい、流石新しい駅だ。でも試した事がないから不安だ。タッチ決済のバーコードをかざして入れるのか?出る時は?いやいや、不安だよ。
そんでもって後々二郎が、関西ではチャージ額が1駅分より少なくても、とりあえず入場できるのだと言った。調べたらしい。それならあの混雑した夢洲駅ではチャージせず、降りる駅でチャージしてから出る方が良かったというわけだ。まだまだ大阪・関西の知らない事は多い。
電車に乗るまでにものろのろと歩き、一番遠いところの階段を下り、もっと詰め込めるだろう、という緩い感じの電車が目の前で発車し、次の電車を待った。
次の電車がすぐに来た。すると、我々よりも前に並んでいたのに乗らない人がいる。我々は乗り込み、またまた割と空いている状態で発車した。
「待ってでも座りたい人がけっこういるんだねー。」
一郎が驚いた風に言った。この電車ももっとたくさん乗れる。もっと乗せてもいいのではないか。次々と電車が来るから、これでいいのかな。
二郎は足が痛いので、何とか座りたいようで座席の前へと割り込んで行ったが座れず、我々から少し離れたところで吊革につかまっていた。
どうせ座れないので、私は座席の前に立つのは辞めて扉の横に立った。ここなら寄りかかれる。すると、途中から乗って来た男性がぎょろりとこちらを見た。そして、閉まった扉に手をついて乗っていた。チラチラとこちらを見ているように感じる。
まさかなあ。具合も悪く、汗で化粧も取れてしまった五十路女の事を気にするなんて事は、ないよなあ。相手も相当なおっちゃんだが。一駅進み、おっちゃんは一度降りてまた乗り込む。その度にこちらを見る。……ような気がする。
気にし過ぎか。何か言ったらきっと自意識過剰、うぬぼれだと言われるに違いない。だから気にせず、見られてはいないと思って乗っていた。
すると、一郎が咳き込んだ。私の真後ろに立っている。
「大丈夫?」
思わず振り返って声を掛けた。一郎もまだ咳がけっこう出るのだ。体力は戻ったようでも咳と痰だけはまだまだ続きそうだ。
また前を向いて立っていたが、急にあのおっちゃんの、さっきまでの「こちらを見ている感」がすっかり消えた。ああ、そうか。私が今振り返って一郎に話し掛けた事により、連れがいると分かったからか。ん?どういう事だ?まさかこの二十歳そこそこの若い一郎が私の「男」だなんて思うわけがない。じゃあ、息子だと思ったか。その通りだが。でもだからって、急に見なくなる意味がわからない。息子がいると思ったら急におばさんに見えたか?まさか、独りならば後をつけようなどと考えたわけでもあるまい。男心とは分からぬものだ。
谷町四丁目駅で乗り換えた。乗り換えは1回か。やっぱり桜島駅へ行くよりも夢洲駅に行った方が楽だったか。噂によると、西ゲートの予約でも東ゲートの予約でも、関係なくどちらからでも入場できるらしい。だが、そうだと聞いても本当に大丈夫なのか心配で試せない。小心者で笑えるが、夢洲駅から外側を通って西ゲートへ歩くという選択肢がある以上、それをしないでしれっと東ゲートから入場する事は憚られる。
「痛い、イタタタ。」
もう、普通に歩けないくらい足が痛い二郎。痛み止めを出して飲ませた。すると、電車に乗って4~5分で南森町に着き、駅構内のセブンイレブンに寄り、ホテルに着く頃には既に薬が効いてマシになっていると言った。薬の利き目早いな。
その、セブンイレブンでは夜食と明日の朝ごはんを買った。やっぱり夕飯がたこ焼きだけでは足りないし、だいぶ歩き回ったのだからエネルギーとタンパク質を入れておいた方がいいと思ったのだ。
いつも大食いの一郎は、何も買わずに先にホテルに帰ってしまった。一郎は、昨日の鉄板焼きでかなりお腹がいっぱいになったので、その食べ過ぎた分を今清算するらしい。そういう人だから太らずに済んでいるのだな。あ、違うか。カロリーメイトドリンクを飲んだからか?
迷いに迷って和風ポテトサラダを買った。考えてみたら炭水化物が多かったか。でも野菜も入っているし、エネルギー的にちょうどいいサイズだったのだ。二郎が一緒にあれこれ出してきたので一緒に買った。セブンではQUOペイが使えた。ホテルに向かって歩き始めたら厚夫からLINEが入った。
「もうすぐ帰りまーす。たこ焼き買った!」
つまり、今ホテルにはいないんだな?そして……たこ焼き……きっと昨日前まで行ったが買わなかったテイクアウトのたこ焼き屋で買ったのだろう。厚夫は私が夕飯にたこ焼きを食べた事を知らないから……。そこへ厚夫から電話が。
「まだ間に合うかな?ビール買って来て。」
まあ、ホテルに帰る前にもう1軒コンビニはある。
「どのくらい買えばいいの?」
「君も飲むなら500ミリかな。飲まないなら350で。」
うーむ。どうしよう。もう万博も終わったし、明日の朝も早くない。お腹の調子も悪くないし、ちょっとくらい飲んでもいいか。そう思ったので、500を買った。二郎はまだついてきて、アイスを出してくる。それを一緒に買った。甘いな、私は二郎に甘い!
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