第一章 それぞれの星
陸上――天野 光輝(あまの こうき)
風を切る音しか、聞こえなかった。
スタートの合図とともに、光輝はまっすぐに走り出す。視界の端でライバルたちが動いているのがわかるが、見ない。見ない。前だけを見ろ。
「──10秒84!」
記録が告げられた瞬間、拳を握った。自己ベスト。全国大会の標準記録にも、あと少し。
その場にしゃがみこみ、ふと、空を見上げる。昼の空には星なんて見えないけれど、彼の胸の中には、あの日見た星が、ずっと光っていた。
サッカー――風間 奏(かざま かなで)
ピッチの中央。ボールを受けた瞬間、奏の視界が広がる。次の展開はもう見えている。右サイドのスペース。仲間の動き。ゴール前の空間。すべてが一瞬でつながる。
スルーパス。数秒後、ゴールネットが揺れた。
「ナイスパス、奏!」
仲間が駆け寄ってくる中、奏は小さくガッツポーズをしただけだった。
心の中には、静かな炎がある。誰にも負けたくない。ただ、それだけ。
あの日の約束も、自分にとっては“ゲームのルール”みたいなもの。
「勝つため」に必要なものは、全部守る主義だ。
フィギュアスケート――桐谷 朱音(きりたに あかね)
リンクの上、回転するたびに世界が遠ざかって、そして戻ってくる。
「ジャンプ、決まった……!」
氷上に立つ彼女の姿は、美しかった。誰よりも華やかで、誰よりも孤独。
練習後、リンクの隅で一人ストレッチをしながら、朱音はスマホを取り出す。ロック画面には、小さな頃の5人の写真。
ふと、指が止まる。
「……約束なんて、叶えるためにあるんじゃない。支えるためにあるんだよ」
独り言のように呟き、スマホを伏せた。
バスケットボール――日向 陽翔(ひなた はると)
陽翔のプレーは、豪快で自由。コートを駆け回り、誰よりも笑って、誰よりも声を出す。
「よっしゃ、逆転だぁぁ!」
歓声の中、観客席に向かってガッツポーズする彼を、チームメイトが呆れたように笑う。
でも、そんな陽翔にも、誰にも見せない影がある。
放課後、誰もいない体育館で一人シュート練習を続ける彼の姿は、どこか寂しげだった。
「……五人じゃなきゃ意味ねぇだろ、こんなの」
誰に向けて言ったのか、自分でもわからない。
弓道――星野 澪(ほしの みお)
矢をつがえ、弓を引く。静寂が張りつめる中、澪の心は一点に集中していた。
放たれた矢が、的の中心に吸い込まれる。
「中った」
監督が小さくうなずいた。褒め言葉はない。澪も求めない。
彼女の強さは、静かで鋭い。
けれど、帰り道に立ち寄った文房具店で、幼いころに皆で使っていた星形のシールを見つけると、つい買ってしまった。
「くだらないと思ってたのにね、あの約束……」
それでも、財布の中には今も、小さな五角形の紙片が一枚、そっとしまわれている。
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