第6話
それから、私たちは週に一度、会うようになった。
蒼との時間は、いつも不思議だった。
高級なレストランにも、ホテルにも行かない。
公園のベンチで、コンビニのコーヒーを飲んだり。
古本屋で、互いに好きな本を教え合ったり。
ゲームセンターで、UFOキャッチャーに夢中になったり。
それは、私が今まで知らなかった、「普通」の時間の使い方だった。
「あー! また取れない!」
UFOキャッチャーのアームが、狙っていたぬいぐるみを掴み損ねる。
悔しくて、思わず叫んだ。
「莉愛さん、下手すぎ」
隣で見ていた蒼が、くすくすと笑う。
「うっさいな! じゃあ蒼くんがやってみてよ!」
「はいはい」
彼はそう言って、私の代わりに100円玉を入れる。
真剣な顔で、クレーンを操作する横顔。
そして。
ゴトン、と軽い音を立てて、小さなクマのぬいぐるみが、取り出し口に落ちた。
「「……あ」」
二人で、顔を見合わせる。
そして、同時に、噴き出した。
「やったじゃん!」「まさか取れるとは」
腹を抱えて笑う。
涙が出るくらい、笑った。
こんなに大声で笑ったのなんて、いつぶりだろう。
「はい、これ」
蒼が、取れたばかりのクマを私に差し出す。
「……いいの?」
「莉愛さんが欲しがってたんでしょ」
受け取ったクマは、少し安っぽくて、歪な形をしていた。
でも、なぜか、今までもらったどんなブランド品よりも、温かく感じた。
帰り道。
並んで歩く、夕暮れの公園。
「ねぇ、蒼くんってさ」
私は、おずおずと切り出した。
「なんで、あんなことしてるの? パパ活みたいな……」
ずっと、聞けなかったこと。
彼は、お金持ちの家の息子らしい。
有名な私立大学に通っている、エリート。
私みたいな女と関わる必要なんて、どこにもないはずだ。
蒼は、少しだけ黙ってから、空を見上げて言った。
「……息が、したかったんだ」
「息?」
「うん。僕の人生、全部、親に決められてきたから。医者になること。付き合う相手。住む場所。全部。まるで、水の中にいるみたいだった」
「…………」
「そんな時、君を見つけた。SNSの中で、必死に嘘をついて、必死に息をしようとしてる君を。君を見てたら、少しだけ、息ができた」
だから、君の時間を買ったんだ。
蒼は、そう言って、優しく笑った。
その笑顔は、今まで見たどんな顔よりも、寂しそうだった。
気づけば、私は、持っていたクマのぬいぐるみを、ぎゅっと握りしめていた。
この人の、隣にいたい。
この人の、本当の笑顔が見たい。
お金のためじゃない。
初めて、心からそう思った。
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