第19話 死霊魔術師の流儀①
「だーかーらー、迷子じゃないんだって! いつまでこの話引きずってんのー?」
《魔女の庭》に着いて数日、ついにホウキレースの開会式だ。アカリたちは今、ホウキを片手に会場に向かっていた。
開会式といっても、スポーツ大会のような大仰なものではない。あくまでも魔女としての威厳を守るもので、厳かな雰囲気で静かに行われる……と、前回も引率をしていたらしい先生が言った。
そんな真面目な空間に行こうというのに、緊張感もなくフレアとノイはアカリ弄りをしていた。
「なーんで正直に迷子になったって言えねえんだよ。わけわかんねぇ言い訳してるから、こっちは楽しくなってんだぞ」
「空飛ぶ猫がじゃれついてた鳥を助けたら性別不祥の綺麗なお姉さんになってそれが実は封印されたドラゴンだったの!」
何百回と言ったが信じてもらえず……。
確かに謎の麗人は、ドラゴンの話で「私を討ってくれたのは」と言った。不思議な雰囲気や、自分がドラゴンの鱗を持っていることを看破したこと。少なくとも、ただの魔女ではない。
そう何度も説明したが、「迷子になったのが恥ずかしくて意味不明な言い訳をする女」というレッテルを貼られている。まことに不服。
しかし、頑として態度を変えないアカリに、二人は何かに納得した顔をした。
「そっか、ここのところ、特訓ばっかだったもんな……」
「こんなにプレッシャーに感じてるとは思ってなかったよ。僕が言うのもなんだけど、気負いすぎないでね」
「その生暖かい視線、腹立つー……」
疲れておかしなことを言う女に進化した。
反論するのも面倒くさいと思っていると、ノイは話を続けた。
「その話が本当だとして、封印から抜け出すのなんて不可能だよ。本体じゃなくて、小さく切り離した分身体が抜け出ていると仮定してもね。世界を壊そうとしたドラゴンの封印に、どれだけ力を入れてると思ってるの? それこそ魂が弱りに弱って、封印の隙間から抜け出せたとかじゃないと……」
それを聞いて、アカリはハッとした。
「そういえば、最期くらいは自由に飛びたいって言ってた……。もしかしてドラゴンって、命が消えかけてるんじゃない?」
「おい、後出しすんなや」
これも信じてもらえず。
「まあ、ホウキレースは百回目の節目を迎えるからね。何が起きてもおかしくないか」
やんわりとフォローされつつ……。
「せんせー、開会式って何するんですか?」
「ちょろっと挨拶があって、トーナメント戦の対戦相手を決めるんだよ」
「へー、それだけなのか」
「その後は、すぐに第一走だよ。コースはこの島じゃなくて、周りに飛んでる島さ」
《魔女の庭》に到着したとき、周囲にも大きな浮遊島がいくつかあるのを見た。そのうちのひとつが、ホウキレースのコースになっているらしい。
話をしていると、石造りのアーチが見えてきた。その先にあるのが、集合場所だ。ここから先は、飛び手だけが入るのを許される。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」「おう」「行ってくる」
先生に背中を押され、三人は進む。
アーチを越えた先で辿り着いたのが、先日謎のお姉さんが指し示した建物。中にドラゴンが封印されている場所だ。邪悪なドラゴンを封印しているとは思えない白亜の
その社の前には、すでにホウキレースの飛び手たちが集まっていた。
言葉を発する者は、誰一人としていない。真剣な催しだから……という考えは、すぐに消えた。一歩進むたびに、何かが身体を突き抜けていく感覚があった。感情で言えば、畏怖に近い。誰かが答えを言わずとも、その感覚が社の中から流れてくる力のせいだと分かる。封印されてなお、ドラゴンは力を放っている。
「エレノア……」
そんな中でもエレノアは臆することなく、涼しい顔をしていた。彼女の後ろには、先日会った二人が控えている。小柄なのに勇ましい守り手のリサンドラ。ノイの姉で攻め手のアルト。
ほかにも二校の飛び手が、開会式を待っている。そのうちの一校、黒を基調とした制服の飛び手の中に、フォルティ魔女学校から引き抜かれて転校した魔女がいた。
「あいつが、引き抜かれたネクリだ」
フレアが小さく言った。
確かに見覚えがあるが、学年がひとつ上なので交流がなく、それほど覚えていなかった。
暗い色の長い髪がもさもさしており、やや猫背。それでいて、伝統のある死霊魔術師の家系。生徒代表と同じく、落ちこぼれだらけのフォルティの中でも珍しい、まともな魔女だということは知っている。
アカリたちは彼女たちにならい、四校目の飛び手として社の前に立つ。
そのとき、ちょうど太陽が真上に届き、正午を知らせる鐘が鳴った。
身体の芯にまで響く音とともに、一人の魔女が社のそばから現れた。魔法界の重鎮として、教科書に載っている魔女だ。
切れ長の目が印象的で、妙齢に見えるが、教科書に書いてある通りなら二百歳は超えているはず。
魔女はアカリたち飛び手の前に立ち、一呼吸をおいて宣言した。
「これより、百回目のホウキレースを執り行う。此度も、魔法界を導くステラ・ウィッチが生まれることを期待しているよ」
簡素な挨拶だったが、思わず背筋が伸びてしまう。やんわりとした声なのに、積み重ねてきたものがある重みがあった。
「各校の導き手は、前へ」
アカリが前に出ると、付き人のような魔女が花瓶を持ってきた。中には四本の枝が挿されている。よく見ると、いくつもの小さな蕾がついていた。
「この枝をもってして、競う相手を決める。さあ、手に取って」
言われた通り、四人の導き手は花瓶から枝を抜き取った。
「魔力を込めてごらん」
アカリは枝に向けて魔力を流し込む。すると、蕾が花開いた。空のような青い花だ。
「同じ色の花を持つ者と競ってもらう」
ちらりと横を見る。エレノアが持つ枝には、白い花が咲いていた。
青い花を持っていたのは、死霊魔術師のネクリだ。
「第一走は、《
それを聞いて、自然と顔が引き締まる。
「それでは、こちらへ」
枝を持ってきた魔女が、ホウキに横座りしている。
アカリたちがホウキに跨ると、案内の魔女はすいっと空を飛んでいく。ついていくと、先生の言う通り、外に浮く島へ向かっていた。
その島には、何か大きなものが突き立っているのが遠くからでも見えた。近づくにつれ、その正体が明るみになっていく。
「これが、《剣墓の森》……」
名前の通り、剣の墓。錆びた巨大な剣が、森に何本も刺さっているのだ。初代の攻め手の魔法だろう。こんなにも強力な魔法は、現代ではステラ・ウィッチくらいしか使えないと思う。
島の端に辿り着くと、すでにスタート位置を示す光の輪が浮かんでいた。それだけでなく、巨大な剣の間にも光の輪がある。そちらは、中間ポイントを示すのだろう。それらをくぐっていき、ここからでは見えないゴールに先に行けばいい。
「まずは青の花に飛んでもらいます。準備が整いましたら、お声がけください」
そう言って、魔女は少し引いた。
「久しぶりだな、ネクリ。お前が抜けて、色々あったんだぞ」
「ご、ごめんね……フレア。ノイも」
「僕は気にしてないよ。向こうに行く理由があったんでしょ?」
「う、うん……」
ネクリは、おどおどした様子で応えた。
自信がなさそうな魔女だが、他校に引き抜かれるくらいの実力者だ。油断ならない。
そんなネクリが、アカリのもとへふらりと歩いてきた。
「きみが、あたしの代わりの導き手……だね?」
手を差し出し、握手を求める。
「はい、アカリです!」
「うん、よろしく」
アカリが手を握ると、ネクリはにへっと笑った。微かに不思議な香りがした。
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