第14話 シャワーを浴びれば

「あー、生き返るー……」


 寮に辿り着くなり、三人はシャワー室に直行した。


 脱衣所で、アカリは制服を雑にカゴに入れ、フレアはカゴにすら入れず、ノイは綺麗に畳んでカゴに入れた。


 ワイバーンから必死に逃げ、肉体的にも精神的にも疲れ切っている。温かいシャワーが肌を叩き、じんわりと血が巡っていく。


 アカリが汗を洗い流すように身体を撫でると、そこかしこがピリピリと痛んだ。


「いてて……結構ケガしてるなぁ……」


 棘だらけの《嵐の山》を歩き回ったからだ。おまけに、最後には足を滑らせて転がった。


 血が出た足の怪我以外にも、擦りむき傷がいくつもある。痛むけど、ノイのためならどうってことない。アカリは、傷がしみる度にきゅっと唇を閉めた。


「ねえノイ」


 アカリは、隣のシャワーブースを使うノイに声を掛けた。


 寮のシャワー室は造りが簡単で、パーティションで仕切られているだけ。横を向けば、隣人の顔が見える。


 眼鏡を外して、目つきが悪くなったノイと目が合う。


「なに?」


「竜鱗鉱、そこそこの量しか採れなかったんだけど、あれくらいで大丈夫だった?」


 シャワー室に来るまでにリュックの中を見せたが、そのときノイはひと言も口にしなかった。少なくて気落ちしたのか、足りていて安堵していたのか、固まった表情からは読み取れなかった。


 その答えを聞きたい。


 ややあって、ノイは答えた。


「まず先に言っておくけど、《嵐の山》なんて誰も近づかない場所だってのは分かったよね?」


「うん、危うく死にかけた」


 運よく強風だけだったが、それに雨や雷も加わる可能性もあった。なにより、危険なワイバーンの巣窟だ。生きて帰ってこられたことが奇跡と言える。


「そんな場所にしかない希少な鉱石なんだよ? 一欠片でさえかなりの高値がつくはず」


「もしかして……わたしたち大金持ちになっちゃった?」


「僕は元から大金持ちだけどね」


 そういえば貴族だった。


「余った分は実家に送って、僕が管理するよ。売ってお金にするにしろ、信用のある人が信用のある取引先に持っていかないと、絶対にトラブルになる。売りたいなら、僕に言ってね」


 という話も聞かず、アカリはお金の使い道を考えていた。


「まずは実家のパン屋のリフォーム代と……あとはお高いアイスを買って、漫画とゲームも……」


「最初のやつ以外、使い道が小さすぎる」


「だって庶民なんだもん!」


 それに、自分のためにお金を使いたいと思うことがそんなにない。


「二人は買いたいもの、ないの?」


「買いたいものなんて、親のお金でもう全部買ってる」


「アタシも特にねぇなぁ」


「夢のある話ができないなぁ、この面子だと」


 じゃあ、困っている人のために使おうか。


 アカリは、シャンプーで頭を洗い始めた。


 汗でベタついているだけでなく、細かい砂利が髪の間に入り込んでいる。根気よく洗わないと取れない。先にブラシで落としておけばよかった。


「そういえば、《嵐の山》で大きな卵の殻を見つけたんだよね。ワイバーンのじゃないっぽい大きさの。あれってドラゴンのなのかな?」


「ドラゴンなんて、遥か昔に滅んだはずだよ。現存するのは、ワイバーンみたいなドラゴンの亜種だけだと思う。いや、封印されてるドラゴンは一体いるけど。まさに《嵐の山》の主がね」


「ホウキレースの起源になった《竜狩り伝説》のやつ? 《嵐の山》出身なんだ」


 封印されたドラゴン。ホウキレースは七年ごとに開催で、今回が百回目。つまり封印されたのが七百年前で、さらに生まれてからの年月がプラスだ。流石のドラゴンの卵の殻でも、そんな年月が経っても残っているだろうか?


「ホウキレースの本番は、魔女とドラゴンが戦った場所を飛ぶんだけど、勝ってステラ・ウィッチの称号が与えられた者は、伝説の魔女がドラゴンと相討ちになった場所に行くことになる。封印されたドラゴンと会えるって話だよ」


「封印されてるってことは、まだ生きてるんだよね? 会ってお話しでもすんの?」


「逆鱗をもらうんだよ。逆鱗はドラゴンの弱点を覆う硬い鱗。それが七年おきに生えてくるから、封印を続けるためにステラ・ウィッチが代表して剥ぎ取るんだ」


「へえ、ホウキレースが七年ごとに開かれるのって、そういう理由なんだ……」


「アタシでも知ってるぞ、そのくらい」


 そんなことを言いながらシャンプーを頭にかけてきたので、かけ返す。


「ドラゴンの逆鱗かぁ……。さっき言った卵の殻に、一枚だけ鱗があったんだけど、ドラゴンの鱗だったりしないかな?」


「……それが本物なら、竜鱗鉱よりも遥かに高価だよ」


「え、じゃあポケットに大事にしまっとく」


「お前ごと連れ去られるぞ」


 そこまで?


「ドラゴンは、鱗の一枚から鳴き声に至るまで強い魔法的作用があるんだよ。そういうのは感じる?」


 それは竜鱗鉱を調べたときに、ついでに書いてあって知った。


「そういえば、持っててもなんにも感じないや」


「驚かせんなや。それが本物で力が残ってたら、マジで命狙われるレベルだぞ」


「それほど風化している本物か、普通にワイバーンの鱗かだよ」


「なんか残念だなぁ。でも、お守りにはしとこ」


 ドラゴンの力でパワーアップ、とはいかないが。なんとなく縁を感じるので持っておこう。


「にしても、封印されるようなドラゴンって、何したの?」


「魔女の国をひとつ滅ぼした」


「わお、大悪事じゃん」


 想像以上のことをしていた。歴史の授業は退屈で寝ているが、世界地図を見たときに「亡国」と表記されたエリアがあるのは覚えている。


「ほかにも、世界に響く鳴き声で魔女を呪ったとか言われてるね。こっちはただの噂。その呪いのせいで、魔法が下手な魔女が増えてるって」


「それが本当なら、ぶん殴ってやらねえとな。でも、普通に魔女が必要とされなくなったからじゃねえかな」


「まあ、何かのせいにしないとやってられないよね、わたしたち落ちこぼれは」


 呪われた当時よりも、年々落ちこぼれが増えているというのも変な話だ。


「にしても、ドラゴンがなんでそんなことをしたのかは伝わってないんだね」


 語られるのは、その悪事だけ。


「ドラゴンにも事情があるんだったら、七百年も封印されてるのはかわいそうだなぁ」


「おい、お節介が発動しかけてねえか?」


「だって、困ってる人がいれば助けてあげなさいって言われて育ったから……」


「ノイ、アタシらでこのお節介モンスターを封印しておくぞ」


 二人してシャンプーをかけてくるので、かけ返しまくる。


 そんなことをやりつつ、ノイは言った。


「答えを知る方法、ひとつだけあるでしょ」


 誰も知らないことを知る者。封印されたドラゴンに直接会う方法。


「あ、そっか……ステラ・ウィッチになればいいんだ!」


「やることは変わんねえ、ってことだな」


 レースに勝ちたい理由がどんどん増えていく。「背負うもの」とも言えるが、不思議と苦ではない。


 三人は互いを顔を見て、遥か遠くの目標を見つめた。


 そんなアカリたちに――


「お前たち、こんな時間にいつまでシャワー浴びてんだい! さっさと上がりな!」


 深夜の見回りに来た先生が叫び、三人は叫んだ。


「「「はーい!」」」

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