第13話 ちょっとワイバーンぶっちぎってくるね!④

「で、どうしよっか」


 ほとんどのワイバーンは後ろから追いかけてくるが、ときたま別方向から襲い掛かってくる。


「とりあえず、学校に向けて進路とるぞ!」


「そうだよね! えーっと、北極星があれだから……こっち!」


 アカリは空を仰ぎ、すぐさま北極星を見つけた。


 学校からずっと北に来たので、逆に南に向かえばいい。三人は迫り来るワイバーンをかいくぐり、北極星を背にして飛び始めた。


「まるで《竜狩り伝説》だ」


 ノイが苦々しい声で言う。


「なにそれ?」


 歴史の授業で習ったはずなんだけど、と前置きをしてノイは少しだけ語った。


「ホウキレースの起源。闇夜に輝く星の光を頼りに、三人の魔女が悪しきドラゴンを討ち、世界を救った話だよ」


 ホウキレースは三人一組での競技だ。導き手、守り手、攻め手。その三役で成り立っているが、きっと伝説の魔女もドラゴンと戦うときにそうしたのだろう。今は相手がワイバーンの群れではあるけど。


「おー、じゃあわたしたち、伝説の魔女の再来だね」


「その伝説の魔女、ドラゴンと相討ちになってるよ」


「じゃあそこそこの再来で!」


 ノイが苦々しく言った理由が分かった。


 よく考えたら逃げてるだけだし、再来しなくてもいいかも。


 そんなやり取りをしている間にも、フレアは《火炎弾》でワイバーンを追い払い続けていた。


 レースのときとは違い、放たれるのはしょぼい火の玉ではない。ワイバーンを怯ませるほどの火力を誇る《火炎弾》だ。フレアが《火炎弾》を撃つたびに背中が熱くなり、夜空がパッと明るくなった。


「フレアって、こんなに強かったんだ」


「相手がワイバーンだからな、雑な火力調整でいいから楽だわ」


 これでも調整しているとは驚きだった。攻撃魔法をここまで強力に放てるのなら、魔力の調整が上手くできれば、軍属魔女だとか魔獣狩りにスカウトされてもおかしくない。


「それで、竜鱗鉱は見つかった?」


「採ってきたよ、どっさり!」


「今すぐちょうだい。小さいのでいい」


「オッケー!」


 アカリは飛びながら器用にリュックを開け、ガサゴソと漁って指に当たった小さな竜鱗鉱をつまみ取った。


「はい」


 ポイッと投げ、ノイがキャッチする。


「今からシールドドローンの改良をする。フレア、それまで粘って」


「アタシが全員ぶっ倒すまでには終わらせろよ?」


「任せて」


 ノイは腰のポーチから試験官を取り出した。その試験管には、透き通った色の液体が入っており、ノイは竜鱗鉱を液体に入れた。それに加え、ノイは針で指を刺し、最後に自分の血を一滴入れて蓋を閉じた。


 ノイが試験管を振ると、中の液体が次第に赤く発光していく。


「本当はドローンの金属パーツ自体を交換したいんだけど、メッキ加工で済ませる。これで少しは《魔障壁シールド》の増幅度が高まるはず」


 魔法で鉱石から金属を抽出しているらしく、それはまだまだ時間が掛かるようだった。


 しかも、シールドドローンで《魔障壁》を展開し、火炎ブレスを防ぎながら作業している。ホウキ飛行しながら、竜鱗鉱の加工作業もやり、ドローンでワイバーンの攻撃を防いでいる。並の魔女ならできない芸当だ。


 だが、ワイバーンの火炎ブレスに何度も耐えられるほどドローンに耐久力はなく、すでに三機が壊れて落ちていった。残り三機。


「二人とも……すごい……」


 フレアは魔力調整に気を配らなければ強く、ノイは魔導技術の補助があれば才能を発揮できる。


 対して自分は、速いだけだ。ならばやることはひとつ。速く飛び、導き手の仕事を全うするのみ。それ以外は、二人に任せる。


「ったく、真後ろに張り付かれるのはキツイな」


 疲れの色が表れ始めたフレアが、そうぼやいた。ノイのドローンも、残すところあと二機。


「やっぱりそうなの?」


「この前のレースじゃこうはならなかったが、真後ろへの対処は難しいんだよ。前を向いて飛ばなきゃなんねえのに、背後に余計な意識を割くんだ。その分、魔法の精度も下がる。一方で相手は、ずっと真正面に意識を向けてりゃいいだけだからな」


「あー、だから並走が無難って言ったんだ」


 初レースのとき、初動でぶっちぎりすぎてフレアに怒られた。一人で飛んでいるときは確かに、背後のワイバーンの様子を逐一確認するのは骨が折れた。


 レースではやや前後する位置関係にはなったが、真後ろに来られることはなかった。体験してみて分かったが、厄介さが跳ね上がっている。今の状況は、命懸けの逃走劇でありながら、レースの練習(レベルMAX)とも言えた。


「前からくるよ!」


 高度を一瞬下げ、スレスレで避けた。


 それと同時、ノイが呟いた。


「よし、これで……!」


 試験管を開け、光る液体をドローンにかけた。その背後で、《魔障壁》を展開していたドローンが燃えて落ちていく。


 ノイは素早くドローンを後方へ投げた。ちらりと見えたそれは、改良前よりも青みが増していた。


「《魔障壁シールド》、展開!」


 三角形のドローンが、光の壁を展開した。壁は大きく、分厚い。


 ワイバーンは突如として現れた光の大壁に、次々に火炎ブレスを吐く。だが、壁はびくともしなかった。上空から突っ込んでくるワイバーンにもドローンは飛んでいき、壁で阻んだ。


「内蔵の魔力バッテリーが切れるまでには逃げるよ」


「オッケー、守りが最強なら楽勝!」


 避けることに意識を割かなくていいなら余裕だ。


 アカリはスピードを上げていき、ついにワイバーンの追跡を振り切った。


 * * *


 それから学校に辿り着くまでの間、三人は無言の時間を過ごした。


 校庭に着地して安心した三人に、疲労がどっと押し寄せる。


 アカリはべたっと地面に座り、生きていることを噛みしめた。ひんやりした芝生が気持ちいい。


「生きてるー!」


 星空を見上げ、叫ぶ。


「助けてくれてありがとう、二人とも」


 同じく座り込むフレアとノイに、アカリは感謝を口にした。


 そして、謝る。


「……ごめん、巻き込んで」


 無鉄砲にも危険な場所に行ったこと。結果として、二人を危険な目に遭わせたこと。


 目を伏せるアカリに、ノイは怒りに任せて芝生を投げつけた。


「なんで僕なんかのために、こんなことしてんだよ! そんな価値ないだろ、僕には! 付き合いも短いし、シールドドローンを改良してもエレノアたちに勝てるかどうかも分かんない!」


 だが、怒りの矛先はアカリではなかった。


「なんで……なんで僕は、あんなことを言って……!」


 涙を流しながら、ノイは自分を責める。


 ただちょっと、アカリのことを試してみたかっただけ。落ちこぼれ貴族を助けてやろうと、下心で近づいてきた者は何人もいた。落ちこぼれなんて、助ける価値はない。ちょっと無理難題をチラつかせれば、すぐにどこかに消えていく。


 アカリもそのうちの一人だと思っていた。


「価値がないなんて言わないでよ」


「どう考えてもないだろ。無駄に足掻いてる落ちこぼれなんかに」


「一緒にいたいからじゃ、ダメなの?」


「言ってる意味が分かんないよ。それはチームメイトだから? 僕がいればレースに勝てると思ってるから?」


「そのまんまの意味だよ」


 アカリは少し間を置いて、恥ずかしそうに語り始めた。


「こう見えて、わたしって友達少ないんだよね」


「それはなんとなく分かるよ」


「あれー、思ってた反応と違う……」


 意外、という反応を期待していたのに。


「わたし首突っ込みたがりだからさ、ウザがられちゃって。だから、いつもちょっと距離を置いてるんだよね、誰とも。同室の子のことだって、占いが得意だってこと以外あんまり知らないし。でもノイもフレアも、自分と向き合ってて、一生懸命頑張ってて、だからそんな尊敬できる二人の仲間になりたかったんだ。立派な自分になりたかったんだ。自分の居場所はここだって、思いたかったんだ」


 ノイもフレアも、アカリの話に黙って耳を傾けている。


「本当は、《嵐の山》に行けって言われたのも、意地悪だって分かってたんだ。また首突っ込みすぎちゃったって思った。でも、意地悪でも頼ってくれたことが嬉しくてさ」


 アカリは情けない笑顔を作ってみせた。


「わたしは思いっきり飛びたいし、みんなにも思いっきり飛んでほしい。でも、お節介だって分かってる。だからせめて、わたしが飛んで助かる人は助けようって。わたしには、ホウキで飛ぶことしか取り柄がないから」


「お節介馬鹿……」


 ノイは涙を拭い、立ち上がった。


「でも、ありがと。こんな馬鹿な僕を助けてくれて」


 ノイが手を差し伸べた。


「こっちこそ、助けられてばっかりだよ」


 アカリは手を取り、立ち上がる。


 二人は涙目のまま、くしゃっと笑った。


「ンなことより、アタシのことも労ってくれよ。バカ二人のせいで死ぬとこだったんだぞ」


「「本当にありがと!」」


 ノイの無茶振り、アカリの無鉄砲。それをまるっと助けるためにフレアは《嵐の山》に飛んだのだ。


「なんか、わたしより人助けに向いてるね……姉御肌というか……」


「お前にはお前しかできねえことがあるからいいだろが。あぁー、マジで疲れたわ。さっさとシャワー浴びて寝ようぜ」


「ボイラーついてるかな?」


「アタシがなんとかする」


「僕、このまま寝たい」


「担いででもシャワー浴びせてやる」


 三人はシャワー室に向かった。

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