第2話 ぶっちぎれ、初レース!②

 アカリは、ようやく盛大に巻き込まれたことに気づいた。


 こんなところまでピザを運ばせたのは、罠にはめるためだったのだ!


 おのれ先生……。アカリは憎しみを込めた視線を飛ばすも、相手はとぼけた顔をするだけ。


「ぐぬぬ、強引すぎる……」


 そして、お駄賃にしては多い意味も分かった。お金で子供を利用する汚い大人め……! この怒りは、お高いアイスを買うことで発散させなければならない。


 何味のアイスを買おうかと考えていると、フレアが首に手を回してきた。


「アタシはフレア、こっちはノイ。よろしくな」


 赤毛の問題児がフレアで、眼鏡の異端児がノイ。


「あーもう、わたしはアカリ! 二人のことは知ってるよ、問題児と異端児!」


「なぁに、この練習試合だけだって。正式な飛び手になれって言ってるわけじゃねえよ。ルール的に一人足りねえから、今回だけ力を貸してくれって話さ。正直、マジで困ってんだよ。お前みたいな飛ぶの上手そうなやつがいれば、相当心強いんだよなぁ」


「……まあ、実際得意だし? そこまで言うんなら……ちょっとやってみてもいいかな?」


 アカリは若干、流されやすいのだ。


「ちょろ……」


 ノイの方から何か聞こえた気がする。


「んじゃ、決まりだな。とりあえず、さっきの誓約書に目を通せ。レース中に死んでも文句は言えねえとか書いてっから」


「そういうのはちゃんと説明してから書かせてよ!」


 絶対、何らかの法に触れている。


 さっき流されて記入した名簿は、誓約書も兼ねていたらしい。


 渡されたそれに目を通すと、レース中には安全確認や制限速度などの義務が免除される旨が書かれていた。要するに、レースには危険が伴うということだ。その代わり――


「思う存分、飛んでいいんだぜ?」


 強く風が吹き、髪をなびかせた。


 自由がある。


 心の奥底で燻っていた小さな火が、一気に燃えさかるような。そんな熱い気持ちが身体を駆け巡る。


「それに心躍るだろ? こんなうっすい紙切れが殺人許可証なんだぜ?」


「牢屋にぶち込め、こんな奴」


 野放しにしていい人間じゃない。


「死人が出たのは、レースがまだ野蛮だった昔の話だよ。今は相手を殺せば即失格だから、攻撃魔法は手加減するのが常だね」


 ノイが言った。そういえば、死者が出たとは聞いたことがない。今から出るかもしれないが。


「それなら安心かな、多分」


「な、つまんねえよな」


 チームメイトの一人がアホなこと以外は、思ったより大丈夫そうだ。


 それにしても……。


「相手はあのルセト・ユスティ魔法学院かあ……。なにもかも格が違うよー……」


 この国で一番歴史のあるエリート魔女学校の生徒だ。貴族やら金持ちやらが多いだけに、相手は三人ともお嬢様……というよりお嬢様の取り巻きみたいな感じがある。


「相手が誰だろうが、所詮モブB、C、Dだ。顔も名前も覚える価値がねえ脇役だな」


 これには相手もムッとした。余計な挑発をするなと言いたいが、先に悪口を言ってきたのは向こうだ。


 だけど、これだけは言いたい。


「あれ、モブAは?」


「お前」


「味方なのに!」


「そんだけ期待してねえってことだ。気負うなって言ってんだよ」


「言い方ー」


 と言いつつ、活躍しなくてもいいので肩の力が抜ける。そもそも相手は強いはず。勝てなくて当然だ。


 ガチガチのレースは怖くて興味なかったが、気負わなくていいなら話は違う。なんだか、ちょっと楽しみになってきた。


「まあ、気楽に飛んでみる」


「おう!」


 フレアはニカッと笑った。


 その笑顔を見ると、誰かと一緒に飛ぶのも悪くない気がしてきた。


 だが、ピリッとした雰囲気は絶賛継続中。その場しのぎの選手参加に、相手も口が悪くなろうというもの。三人が口々に好き勝手言い始める。


「何にも背負ってない方が、ホウキも軽くて早く飛べるのかしらね?」


「……は?」


 ピキッときた。


「そう言わないであげてください。私たちと同じものを背負わせるのは、酷でしょうから」


「は?」


 ピキピキッときた。


「気楽に飛べて、羨ましいったらないよ」


「はぁ~あ?」


 ピキピキピキッときた。


 何にも背負ってない? 誰が?


「こちとらピザ背負ってきたんだよ、パイナップルの載ったねぇ!」


 この重さが分からないらしい。すぐに片寄るくらい重いんだぞ。


「決めた。本気で飛んで、あいつら泣かしてやる」


「血の気が多くて結構! 好きだぜ、お前みてえなバカはよ!」


 戦いが始まる。


 * * *


 アカリはホウキを持ち、仲間と並んだ。


 目の前には、魔法で描かれた大きな光の輪が浮いており、今は鎖で封鎖されている。ここからスタートで、今回はコースをぐるっと回ってゴールもここらしい。


 絶対に勝って、泣かしてやる。


「……と息巻いたはいいものの、あんまりルール知らないんだよね。何すればいいの?」


 このホウキレースは、七年に一度しか行われない。魔法界にとって重要な行事なので、歴史の授業で映像を見ることはあったが、ルールまでは習わなかった。ただ、みんな怖い顔をして飛んでいる印象だけがある。


 変なことをしてしまって、練習試合自体を駄目にしないか不安だ。


 だが、教えられたことは単純だった。


「全力で飛べ」


「ふむふむ、ほかには?」


「そんだけ」


「それだけ?」


「そんだけ。配達でびゅんびゅん飛んでんだろ? じゃあ大丈夫だ」


 逆に不安になってきた。


「なんか攻撃とかしてないっけ? 魔法でバシバシって。わたしホウキ飛行以外の魔法、全然なんだよね」


 魔法での激しい攻防があるはず。


「そういうのはアタシらがやる。ガチでやるなら話は別だが、お前はそんなこと考えなくていい。一番前を飛ぶことに集中しろ。なんなら、杖なんて持たなくていいぞ」


 フレアは懐から細枝のような杖を取り出し、ひらひらと見せた。


「わお、思ったより楽な役だ」


「だから言ったろ? 気負うなって」


 なんだかんだ気を遣っているらしい。


「それでえっと、わたしが……」


 このホウキレースには、三つのポジションがある。導き手、守り手、攻め手の三つだ。それぞれに役割があるが、詳しくは知らない。


「お前は《導き手》っつーポジションだ。チームの先頭を飛んで、誰よりも早くホウキをゴールにぶち込め。今はこれだけ知ってりゃいい」


 今は、ということは、本来ならまだ役割があるらしい。


「アタシは《攻め手》で、相手を攻撃して落とす」


「それで僕は《守り手》。相手からの攻撃を防いであげる」


 フレアが攻め手で、ノイが守り手。


「おー、役割あるのは知ってたけど、結構単純だね」


 役割が複雑でなくてよかった。


「導き手がゴールしなきゃなんねえから、あっちは死ぬ気でお前を落とそうとするぞ。楽しみだな?」


「恐ろしさしかないよ!」


 この国トップの魔女学校生が相手だ。強力な攻撃魔法を使ってくるかもしれない。死にはしないだろうけど、かなり痛いはず。アカリは思わずたじろいだ。


 不安がるアカリに、ノイが声を掛ける。


「大丈夫。僕が君を守るから」


「え、なんか、キュンとした……」


 真っ直ぐに目を見て言われ、ちょっと胸がときめいた。


「は? 守んなきゃ練習にならないでしょ」


 眉間にしわを作らないでほしい。


 でも、ルールは一通り分かった。


「コースは練習用だから簡単だ。こっから大結晶を右からぐるっと回って戻ってくるだけ」


「で、大結晶の近くは風があって難所だぞ……ってわけね」


 大結晶の周りには、風が渦巻いている。魔法による攻防に加え、地形が障害物として立ちはだかってくるのが、このホウキレースの肝らしい。


 大結晶付近の雲を見ると、風の向きは進行方向と逆のようだ。向かい風の中を飛ばなくてはならない。


 これでルールもコースも把握できた。


 準備が整った様子を見て、先生が話を進める。


「それじゃあ飛び手を確認するぞー」


 そう言って名簿を読み上げていく。


「ルセト・ユスティ魔法学院。導き手、ベッキー・ベッカー。守り手、クロエ・クロス。攻め手、デライラ・ドレイク」


 読み上げられて気づく。


「わーお、頭文字イニシャルB、C、Dじゃん。ファーストネームも、ファミリーネームも」


「モブB、C、Dって呼んだの、間違ってなかったな。もう会わねえモブのくせに、妙に頭に残る名前しやがって」


 モブ呼ばわりは失礼でしょとは思うアカリ。


「対して、フォルティ魔女学校。導き手、アカリ・アマツボシ」


「頭文字Aじゃねえかよ!」


「そういや頭文字Aだった! ファーストネームも、ファミリーネームも!」


 モブAだった。


 相手チームに移った方がいいかもしれない。


「守り手、ノイ・トリストラント。攻め手、フレア・バーンドレッド」


 トリストラントとバーンドレッド。カッコいいファミリーネームだ。


 名前とポジションに間違いがないことが確認され、ついにレースが始まる。


「《飛べ!》」


 全員同時に浮上し、導き手を先頭にしてスタートの合図を待つ。


 先生が杖を掲げ、緊張が高まっていく。光輪の封鎖が解かれるのが、スタートの合図だ。


「位置について、よーい……」


 今一度、ホウキの感触を確かめる。ホウキはいつも通りなのに、いつもより冷たく感じる。いや、自分が熱いのだ。


「始めッ!」


 先生の杖が一気に振り下ろされ、鎖が激しい音を立てて弾けとんだ。


 その瞬間、アカリは最大速度でぶっ飛んだ。


 ――敵も味方も置き去りにして。


「やば、速すぎたかも!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る