気付けば彼の手のひらの上!?本の虫令嬢の婚約は羊公爵閣下のお気に召すまま〜推しの正体が狼だと転生者の私だけが知っている〜(攻略対象・静かな情熱を持つ知性派公爵)

第1話 聖樹の乙女

 ディアマンテ王国・王立図書館。

 彼はいつも決まって窓際の席に座る。

 セシリアはそれに気付いてから、その斜め向かいの席に座るようになった。


 長い睫毛が縁取る彼の瞳は琥珀の色。ふわふわとした癖っ毛の銀色の髪。

 いつ見ても、その人は静かな表情で開いた本の上に視線を落としている。


(居た)

 今日もその彼がいつもの席に座っているのを確認して、セシリアは席に着いた。

 窓から差し込む光が机の上に降り注いでいる。

 セシリアはこの時間が一番好きだった。



   ☆☆☆



 ディアマンテ王国には精霊が存在し、精霊達は自らが愛する人間に魔法の力を与える。

「セシリア・ファルネーゼ。君に『聖樹』の世話を任せる」

 ディアマンテ国王の言葉が王宮の広間に響いた時、聞き間違いだと思った。


 『聖樹』とは、王宮庭園にある小さな木である。今はまだ幼木だが豊穣の力に溢れており、この木の成長と共に、ディアマンテ王国全体に精霊達の恵みが行き渡り、果樹の実りや野菜や穀物の育ちが良くなることが確認された。


 その世話をする役を決める催しに、王国全土から貴族令嬢達が集まった。

 セシリアは両親の言いつけでここに来たに過ぎなかったのだが、まさかの国王からの指名が入った。


(木を育てるより本を読みたいんだけどなぁ)

 うっかり本音が口に出そうになった。


「『聖樹』の成長には、四大精霊の力が欠かせない。知っているとは思うが、改めて、我が国の宝とも言える精霊達に愛される者達を紹介しよう」


 ドキリ、とセシリアの胸が高鳴った。

(きっと彼がいる)


 セシリアの前に若者達が進み出る。

 王の側近が、緊張するセシリアのそばで誇らしげに名前を呼んだ。


「水の大精霊に愛されし水の伯爵、クラウディオ・ベルナルディ」

「気楽にね、セシリア」

 クラウディオと呼ばれた青年が優しげに笑んで差し出した手に、セシリアは慌てて手を載せて挨拶のお辞儀をして離れる。


「風の大精霊に愛されし風の侯爵ジェラルド・サルヴィ」

「よろしく」

 ジェラルドはセシリアの手を取ると、その甲に恭しく口付けた。

 きゃあ、と周りの令嬢達が小さな悲鳴をあげる。


「火の大精霊に愛されし火の男爵グイド・クレメンティ」

 グイドと呼ばれた青年は、セシリアを見て顔をこわばらせていた。

(……あら?)

 何だか最初から嫌われているような気がする。

 ぎこちなく握手をして、グイドから離れる。


 その時のセシリアには、それ以上グイドの反応について考える余裕が無かった。

 『次』に控えている青年が気になって仕方なかったからだ。


「地の大精霊に愛されし地の公爵」

 白銀の髪と琥珀色の瞳を持つ青年が、音もなくセシリアの前に立つ。セシリアを見つめる表情からは相変わらず何の感情も読み取れない。


「ルーカ・アルジェント」

 こうして比べて見ると、大人びているように見えた彼はクラウディオやグイドより少し歳下に見える。


(ルーカ様……)

 有名なので名前は知っていたが、彼と向かい合うと心臓が大きく速く打ちすぎて、倒れそうだ。

 セシリアが王立図書館に足繁く通う理由の一つ、窓際でいつも本を読んでいる青年。


 今この瞬間、彼が本ではなく自分を見ているというだけで、セシリアはクラクラした。

(かっこよすぎて直視できない)

 視線を床に落とすと、「大丈夫? 顔色が悪い」という声と共に頬に誰かの手が添えられた。


 その瞬間だった。


 ドクン、と、心臓が嫌な音を立てた。

「———…っは」

 呼吸が浅くなる。

 セシリアは瞳を見開いた。


(ここは)

 世界が崩れていくような感覚がして、セシリアは床に膝をついた。

 周囲のざわめきが聞こえる。

 頭の中が嵐のように掻き乱される。目を閉じれば知らないはずの光景が次々に浮かぶ。


(嘘でしょ……)

 頭の中の嵐が過ぎ去った後、セシリアは前世の記憶を取り戻していた。

(ここは前世でクリアしたゲームの世界……)


 それも『ディアマンテ王宮恋物語』という乙女ゲーム。精霊と魔法が存在するディアマンテ王国で、主人公アリーチェ[名前変更可能]が『聖樹』を育てながら男性達と恋を進めていく話だ。


 だとすれば。

 セシリアはルーカを見て涙を流した。

(ルーカ……様……!!)

「うっ……ぅゎぁぁぁぁぁぁっ」


 感動と喜びのあまり、小さく長い悲鳴まであげてしまう。挙動不審な自覚はある。

(貴方に会えるなんてぇぇぇ!!)


「ルーカがセシリアを泣かせてる」

 水の伯爵クラウディオにからかわれた地の公爵ルーカは「泣かせてない。勝手に泣いたんだ」と訂正する。


 突然のことにルーカは明らかに引いているし迷惑そうだが、仕方ない。

 だってルーカは、前世からセシリアの推しだったのだ。


 寡黙で無表情。けれどアリーチェが笑顔を向け続けることで彼の心が動き、徐々にアリーチェに笑顔を向けてくれるようになる。

(それがすごい破壊力で!!)


 心を開いたルーカの笑顔は前世で何より尊かった。

「セシリア」

「はい!!」

 何度も繰り返し攻略して聴いた推しの声に元気良く反応してしまう。


「『セシリア』って名前だったんだ」

 ルーカはそれだけポツリと呟くように言った。

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