バイト先の常連さん(美少女)は、僕がシフトの時に必ず現れて毎回ちょっかいを出してくる ~クビにならないか心配だ~

田尊コウキ

第1話『パンと美少女』

 午後五時。

 頬を染める夕暮れ時の駅。

 そして、駅前に軒を連ねる店々。


「おはようございます」

「いらっしゃいま──って三田君か。今日もシフトだっけ?」

「はい」

「働くわね〜。今日も頑張ってちょうだいね!」

「はい、頑張らせていただきます」


 僕──三田綾斗みたあやと。高一年。だ。

 部活は帰宅部所属で、駅前のパン屋さんでアルバイトをしている。

 友達はおらず、放課後も暇なので、バイトは週4〜5でシフトを入れている。


 一見するとぼっちの働き者で、高校生活を楽しく過ごせていないように見えるが、別にそんなことはない。

 一人は気が楽で好きだし、パンも好きだ。

 それにバイトの作業は買ってくれるパンをレジに通し、それを袋に包むだけなので苦じゃない。


『カランカラ~ン』


 店内にドアベルの音が鳴り響く。

 

「いらっしゃいませー」

「あ、今日もバイトなんだ。来て正解だったね」


 苦ではないと言ったが、もちろん楽でもない。

 終われば体は疲れ切っていて、家に帰ったらそのまま眠りに就きそうになる。

 でも、ここでのバイトはとても楽しい。


「店主さん! 今日のおすすめは?」

「今日はあそこのイングリッシュスコーンかな。あと、僕はただのアルバイトだよ」

「スコーンか~。今日も綾斗君は売ってないの?」

「売ってる訳がないだろ。というか、仮に僕が売られてたらどうするの?」

「そのまま買って帰って、家でゆっくり舐め回そうかなって」

「申し訳ございませんお客様。ただいまを持って、僕が販売されることは今後一切ありません!」

「嘘! まさかのプレミアム商品だったの! 今から頑張ってお金貯めないと!」


 ここでのバイトが楽しい理由。

 それは紅花紅愛あかばなくれあ──紅愛さんがいるからだ。

 紅愛さんは僕がシフトの時に必ず現れる可憐な紅髪美少女。


 太陽よりも眩しい笑顔の持ち主で、僕はその笑顔でいつも英気を養っている。

 詳細は分からないが、制服を着用しているので多分僕と同じ高校生。

 来店するたびに、紅愛さんはこうしていつも僕に話し掛けてくる。


「僕は非売品だから、お金を貯めても意味はないよ」

「そこは安心して! 私が必ず、綾斗君を商品化してみせるから」


 紅愛さんは時々、意味の分からないことをいう。僕なんかを商品化して、一体誰が買ってくれるんだ?

 

「お会計お願いします!」


 紅愛さんは僕が紹介したスコーンと『マジでメロン!』という商品名のメロンパンをトレイに乗せ、レジに持って来る。


「今日もお持ち帰り?」

「うん。家でゆっくり食べたいから」


 お持ち帰りなので、僕はパンを透明な袋で包み、紙袋に入れる。


「ねえ綾斗君」

「なに?」

「綾斗君の手って、すごい綺麗だよね」

「そうかな? 普通の手だと思うけど」


 手が綺麗だねって言われるなんて、生まれて初めてだ。

 運動部みたいにゴツゴツしていないから、そう感じたのかな。


「きっとパンさん達も喜んでるよ。パンさんはいいですね~。こんな綺麗な手で包んでもらって」


 紅愛さんは笑顔で、意思も感情も持たないパンに喋り掛ける。

 ……可愛い。めちゃくちゃ可愛い。好きです! って言いたくなるほど可愛い。

 パンに喋り掛けるだけでこんなに可愛いとか、ただの天使だろ。


「どうしたの綾斗君? なんか機嫌悪そうだけど」

「気にしないで。なんでもないから」


 パンの気持ちを想像すると、無性に腹が立ってきたな。

 おいパン! その席を僕に譲れ! さもないと僕の胃に流し込むぞ!


「もしかして綾斗君……パンさんにやきもち焼いてる?」

「!? や、やきもちなんて、焼いてないよ……」


 しまった! つい顔に出てしまった!


「ホントは焼いてるんでしょ?」

「それは……はい……」

「やっぱりね。てか、パンにやきもちを焼くってどういうこと? 綾斗君はかまってちゃんだね!」


 恥ずかしすぎて昇天しそうだ。

 それに紅愛さんに面白がられているせいで、余計に胸が締め付けられる。


「もう揶揄わないでくれ!」

「ごめんごめん。でもそうだな……はい!」

「ん? 何この手?」


 はい、と言いながら紅愛さんは僕の前に両手を出し、


「パンさんの時みたいに、その綺麗な手で私を包んでくれたら、綾斗君にかまってあげる」


 にひっと微笑みながら、紅愛さんはそんなことを言ってきた。


「!? な、何を言ってるの紅愛さん!」


 言葉を聞く限り、紅愛さんを抱きしめたら僕にかまってくれるってことだよな?

 ……そんなの無理に決まってるだろ!

 手さえ触れることが禁忌なのに、抱擁なんかしたら被害は僕だけじゃ済まない。きっとアジア圏全域にまでの被害が及ぶ。


「あの……紅愛さん?」


 店内に他のお客さんはいないものの、流石に恥ずかしいので僕は手を下ろすよう促す。


「なーんてね。どう? ドキッとした?」

「ちょ、ちょっとだけ……」

「いっしし~。綾斗君は素直な子だね!」


 紅愛さんは手を口に当て「作戦大成功!」といった小悪魔みたいな笑みを浮かべた。


「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」

「ちょっと綾斗君!? まだここに居たいんだけど!」


 これ以上揶揄われる訳にはいかないので、僕は紅愛さんの背中を押し、店内から無理やり追い出す。


「仕方ないなー。そこまで言うなら出てってあげる」


 紅愛さんはドアノブに手を掛けた。

 潔く帰ってくれるみたいだ。

 

「でもこれだけは言わせて……」


 ドアを押そうとした時、紅愛さんは僕の方に振り返る。

 

「私はずっと待ってるから。いつか君が、私のことを包んでくれるって!」

『カランカラ~ン』


 紅愛さんは笑みをこぼしながら、再びドアベルを鳴らした。


 ふぅー……。


 舐めないでくれ紅愛さん。

 いくら僕でも、その言葉を真に受けるほど鈍感じゃないんだ。

 


 


 


 




 


 

 

 

 

 


 

 




 


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