【第20話 禁句の絵】
展示室の中央に、白いパネルを立てた。そこに置くのは、文字でも記号でもなく、風だ。
最終式は一本だけ、ルールではなく運用の言葉で記す。
最終式:〈四隅凡語+二点不均等+右下薄塗り+鍵文の前後0.7秒〉∧〈no_final_period〉→ HALT_LOCK
式を掲げたら、式の説明はしない。叙情に譲る。
私はパネルの中央に、一行だけを、句点なしで載せた。
——きみの肩に風が触れてからでいい
この行の前に0.7秒、後にも0.7秒の息。左右逆相の呼吸が耳の奥でぶつかり、身体が半拍止まる。PageDownの指は降りず、視線は二点不均等で散る。右下10%は薄く、凡語が四隅で刃を鈍らせる。
文字でなくても、絵でなくても、風は止まる。止めていいと許す語が中央にある限り。
会場の片隅で、来栖が旧式のプリプレスを回した。終端の影を拾いに行く癖を持つ機械だ。
句点ヒートは閾値を越えない。右下は薄いまま。path_orderは乱れ、書字順は鏡。呼吸格子の節はずれ、ゲシュタルトは切れている。
機械は何も掴めない。**掴めないまま、HALTに残る。
子どもがリングに入ってきて、一行を読む。
「きみの肩……風、ってどこ?」
「いま触れたよ」母親が笑う。
母の指が、子の肩に軽く触れる。半拍だけ止まる。それから、何も起きない。何もが、起きた。
私は胸の奥で、鳴らない音を聞く。拍手の代わりに、息が揃って止まる音。
壁の端に、小さく注意を置いた。
〈禁句は、文字でも、絵でも、順序でも、同一規範で止めます。〉
〈最終状態はHALT_LOCK。句点は譲渡されます。〉
説明はそこまで。あとは、身体が受け取る。緑はどこにも点かない。灰色だけが、薄く呼吸している。
出口で、本條が来場者に小さな紙片を渡す。紙は白く、端だけが薄く灰色。真ん中は空白だ。
「句点がない」若い読者が言う。
「譲ってあるから」本條が笑う。
読者は紙をポケットに入れ、止める権を持ち帰る。終わりではない。停止だ。
私は白いパネルの前に立ち、もう一度だけ、声にする。
——きみの肩に風が触れてからでいい
0.7秒。無意味語。0.7秒。
HALT_LOCKは白い。緑は点かない。
——次話「最後の読者」。点になりきらない点が、葉書で届く。止めることを学んだ手が、物語の外から戻ってくる。
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