【第19話 C稿】
届いたのは、私家版のPDFだった。ファイル名は“C稿”。本文では禁句を一切使っていない。だが、右下10%がわずかに重い。拡大すると、網点が濃く沈んでいる。輪郭は曖昧で、句点にも見えない黒の群れ。
「終端の影を絵にした」来栖が言う。「AutoReadabilityの古いビルドなら、ここを拾う」
私は句点ヒートをかけ、右下10%の熱だけを別レイヤに抜き出す。凡語で四隅を囲み、二点不均等の見出しを置く。脚注は前置き。
スライダーを一段上げた瞬間——
——拾った。右下の黒が熱で跳ね、OCRの刃が空を切る。
盤面が反転した。
no_exec_hint := true / right_lower_density < τ'
EXECへ向かう最短は失われ、HALT_LOCKが白く灯る。
「SVGに変換したら?」高月が聞く。
「path_orderを乱せばいい」来栖が答える。「書字順を鏡にし、呼吸格子の節とずらす。絵でも、順序でも、同じ規範で止める」
私はボードに書く。
禁句は、文字でも、絵でも、順序でも、同一規範で止める。
「人の目は?」本條。
「叙情で止める」私は笑う。「規範で止まり切らないものは、人の肩で止める」
C稿の二枚目は、禁句を手描きで紛らせていた。鉛筆の線は震え、右下には幼い黒が沈む。私は呼吸格子を重ね、ゲシュタルトを切り、凡語で四隅を鈍らせる。
緑に傾く重みが外れる。白い灯がHALTのまま動かない。
「外からの攻めはこれで止まる」来栖。「残るのは——」
「人だ」私は言う。「人の目に委ねる場所を、ひとつだけ残す」
最後に、私はC稿の末尾へ、短い一句を載せた。
——あなたは、ここで止めてもいい(句点なし)。
命令ではない。許可だ。譲渡の語は、止める権を読者へ返す。
画面の隅でHALT_LOCKが白く灯り、緑はどこにも点かない。
私は紙の端に線を引く。
〈設計=犯行なら、〈設計=停止〉もまた可能〉
〈禁句の形が変わっても、向きは変えない〉
「次は絵そのものを止めにいく」私は言う。「人の目のための一行を、絵の中央に置く」
——次話「禁句の絵」。最終式は一本、中央に叙情の一行。緑が点かないまま、肩で止める。
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