【第16話 執行人)】

 語は、刃だ。

 長く私たちは、executionの語を誇らしく使ってきた。原稿を“実行”に移し、締め切りを“実行”し、パイプラインを“実行”する。

 この章で、私はそれをやめる。語の向きを、まるごと反転させる。


 ホワイトボードに大きく書く。

 EXEC → HALT

 終わらせるのではなく、止める。finishではなく、halt。成果ではなく、証言。


 来栖が《KAKUYOM-α》の最終状態を切り替える。

 FINAL_STATE := HALT_LOCK

 HALT_LOCK := soft_pause ∧ (no_final_period) ∧ (gaze_div ≥ τ) ∧ (right_lower_density < τ')

「EXEC_DONEは禁句扱いへ。文字でも画像でも手描きでも、検出した瞬間にDRAFT_SUSPEND」

「朗読テンプレは固定」本條が確認する。「鍵文→息→無意味語の三拍を切れない位置に置く。左右逆相の呼吸で半拍止める」


 私は、宣言を四つに絞って掲示した。


 1. 公開可(非終止):HALT_LOCKを満たしたときだけ公開。



 2. 句点譲渡:末尾に句点を置かない。no_final_periodは必須。



 3. 呼吸の証言:0.7秒のsoft_pauseを前後で保証。



 4. 同一規範:禁句は文字/画像/SVG/手描きの別を問わず同じルールで止める。

「執行人は、ここで退場」私は言う。「必要なのは停止の証人だ」




 公開画面の最下部に、新しい行が増える。

〈あなたが止まったことを、ここに証言します〉

 呼吸のゆらぎとdigraphのためらいが匿名の波形で並び、緑はどこにも点かない。灰色だけが呼吸する。


 私は録音機の前に立ち、短く読む。

 ——あなたが最後の読者である。

 息。無意味語。

 終わりではなく、停止。

 音は柔らかく落ち、画面のHALT_LOCKが白く灯る。語が変われば、回路が変わる。回路が変われば、街の向きが変わる。


 端末の隅の灰色の“R”は、そこにある。使っていなくても、在る。

「外は規範で止める。内は身体で止める。橋は語で架ける」本條がまとめる。

 私はうなずき、五行の封筒を胸ポケットに押し直した。譲渡の紙は軽いのに、向きは重い。


 窓の外、看板の光は遅い。風も、信号の切り替わりも、半拍遅れて見える。

「最終章を二つ、用意しよう」来栖が言う。「正典と鏡」

「定理を掲げてから、行こう」私は笑う。「最初の読者が止まれば、最後の読者は自由になる」


 ——次話「もう一つの最終章」。AとB、二つの最終を並べ、最後の句点を読者に渡す。

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