第26話「やましい気持ちはない」

 金曜日。

 昼休みになったので、俺はひとりそっと教室を出た。


 教室内は陽キャたちのための空間って感じなのは相変わらず。

 あとで赤松が合流しに来るかもしれないけど、来ない日もある。


 赤松は友達が多いから、つき合いで忙しいんだろう。

 俺でもそれくらいは想像ができる。


 俺のメッセージアプリに登録されている連絡先は数えるほど。

 でも、赤松はそうはいかない。


 きっと管理するのも大変なんだろう。

 俺には想像もできない。


 なんて思っていたのだけど。


 いつもの指定席に行けば、赤松がすでに来ていた。

 そこまではいいとして、どういうわけか水森も隣にいる。


「やっほー!」


 水森は当然という顔をして、俺を見て手を振ってきた。


「えっと、どうかしたのかな?」


 ぎこちないなりに水森に手をふり返しながら、赤松に事情をたずねる。


「なんか陽菜が来てみたいって言うから! べつにいいでしょ? 知り合いだし、仲良くしてたし!」


 赤松はあっけらかんと言う。

 え、そういうノリでいいの?


 ぽかんとして水森陽菜(というフルネームらしい)の様子をうかがうと、


「あはは! いきなりで面食らってる感じだね!」


 腹を抱えて笑っている。

 そこに気づいてくれるなら、もうちょっとなんとかなりませんか。


 言葉に出す勇気はないけど。


「ごめーん! いつものウチらのノリで!」


 ハッとした赤松が両手をおっきな果実の前で合わせて謝る。


「そ、そうなんだ」


 陽キャって普通にいつもこのノリなのか。


 友達の友達なら友達。

 会ったことがあって、楽しく過ごせたら友達。


 それが普通なんだ。


「まあ水森さんなら大丈夫だよ」


 と答える。

 他に選択肢がない空気、だと思う。


 そもそも俺はべつに水森がきらいじゃない。

 この場の空気を優先してもいいはずだ。


「だよねー! よかった!」


 赤松はパッと表情を明るくする。


「結愛。ときどき連絡ぶっちする悪い癖、ちゃんと直しな」


 それに対して水森が彼女に注意した。

 水森もこういうケースに遭遇したことがあるのか。


「ごめーん」

 

 舌を出して謝る赤松は最高に可愛い。


「ちゃんと反省しなよね」


 ただし、当然なんだろうけど、同性である水森には通用しなかった。

 まあ、害があるわけじゃないし、反省してるなら、目くじらを立てなくてもいい。


 どっちかと言うと、三ノ宮駅でたまたま出会うほうが困るかも。


「せっかくだし、三人でご飯食べよー!」


 赤松は気を取り直して言った。

 

「そうだね」


 俺と水森は同時にうなずく。


「白山台ってこういうところで食べてるの?」


 俺の指定席を見た水森は目を丸くする。


「ここのほうが落ち着くんだよ」


 陽キャには理解されないかなって思いつつ、一応言ってみた。


「たしかにここはここでいいね! ヒーリングスポット的な!」


 水森は笑顔で理解してくれる。

 赤松もだけど、こっちの肯定が上手だ。


 もしかして陽キャたちの標準装備?


「そうかな?」


 と俺は言った。


「えー? 他に理由があったの? ウケる」


 赤松と水森のツボにはまったらしく、ふたりはケラケラと笑う。


「蓮くんってけっこうユニークだよね!」


 赤松が言う。

 褒めてくれる表情とニュアンスなのは、なんとなく読み取れた。


「言えてる。意外と言ったら失礼だけど、白山台って話すと面白いキャラクターなんだね!」


 水森が同意する。

 面白い? 俺が?


 思ってもみなかった評価に面食らう。

 さすがにそれは感じ方の違いってやつだろう。


「俺を面白く感じる、水森さんのほうこそユニークだね」


 と褒めた。


 他人の属性をポジティブな評価を与える。

 それこそユニークで立派な個性じゃないだろうか?


「その発想はなかった!」


「きれいな切り返しだね!」


 赤松と水森のふたりは感心したようだった。

 ふたりで顔を見合わせてケラケラ笑う。


 よく笑う、明るい性格なんだなぁ。

 あ、だから陽キャなのか。

 

 三人で食べるご飯は美味しい。

 水森相手はちょっと緊張するけど。


「はい、あたしのおかずあげるー!」


 いきなり水森はコロッケをひとかけらくれた。


「!?」


 いきなりおかずの交換、だと?

 こういうのってもっと距離を探り合ってからやるものでは?


 陽キャにはそんなの関係ないと言うことなのか。


「あはは! 白山台が百面相してる! ウケる!」


 俺の反応がツボに入ったのか、水森はケラケラ笑う。

 それにしてもよく笑う子だな。


「いや、いきなりおかずが来たから驚いた」


 と弁明する。


「わたしもあげるー! ほい!」


 赤松が笑いながら唐揚げを一つご飯の上に乗せてきた。


「ありがとう」


 お礼を言う。

 ふたりとも箸を使ってるんだけど、これって間接キスになったりしない?


 大丈夫なのかな?

 おかしなことを考えたけど、ふたりとも気にしてるそぶりはない。


 気にする俺がおかしいのかな?


 「女子の使用中の箸が」という点を意識しないように、一気に唐揚げを口の中に売れる。


「美味しい」

 

 赤松の唐揚げは普通に美味しかった。

 これは俺の好みである。


 あとは水森がくれたコロッケのかけらか。

 水森がかじったような形なんだが……気にしたら負けなんだろう。

 

 水森だって気にするくらいなら、そもそもくれないだろうし。

 コロッケをゆっくり味わう(やましい気持ちはない)。


「結愛って急に料理はじめたよね? 高校生になったから?」


「!?」


 水森が不意に質問し、赤松がむせこむ。

 赤松が料理をはじめたのって、そんなに最近だったのか。


 そしてそんな疑問を持つくらいだから、赤松と水森って高校に入る前からの知り合いだったんだろうな。


「? 大丈夫?」


 水森が赤松の背中をさすっている。

 優しい。


 美少女同士の交流って、見ているだけですばらしい。

 この状況なら「陰キャがじろじろ見るな」と思われないだろうし。


「うん。大丈夫」


 赤松は涙目になりながら答える。

 頬がちょっと赤くなっているけど、苦しかったのかな?

 

 と心配しているとふと赤松と目が合う。

 すぐにそっとそらされた。


 さっきよりも頬が赤くなっている。

 

 むせるところを俺に見られて恥ずかしかったんだろう。

 女子だしね。


 持っていた350ミリリットルのお茶を渡す。

 まだ開封してないやつだ。


「ありがとう」


 赤松はひと口に飲んでから返してくる。

 あげたつもりだったんだけど。


 なんかに気づいてハッとした水森がニヤニヤしている。

 ちょっと気まずい……と言うより恥ずかしい。

 

 赤松が気にしてないのに、俺だけ気にするのもおかしな話かもしれない。

 意識しないように弁当を食べよう。


 おにぎりが美味しい。

 赤松が自分で握ったというやつだ。


 不格好かもしれないけど、料理できない俺が言うことじゃない。

 水森がすこしだけつまらなさそうな顔をしているのは、考えすぎだろう。

 

「じゃあわたしたちは先に戻るねー!」


 先に食べ終わった赤松と水森は立ち上がる。


「うん」


 と俺が応じると水森はニヤッと笑い、


「結愛はモテモテだから、独占するのは大変だよー?」


 と言う。

 さすがにからかわれているのは理解できた。


 そもそも赤松が人気者なのは知っている。

 休み時間はいつも三人以上といっしょなんだから。


「蓮くんはそんなこと考えないでしょ!」


 赤松は笑って否定する。

 うん、俺にはそんな度胸がないってバレバレみたいだ。


 手をふって去っていく二人の背中を見送った。


 風が吹いて二人の残り香みたいなものが、鼻をくすぐる。

 なんで女子ってあんなにいい匂いがするんだろう?

 

 なんて思いながら俺はペットボトルのお茶を飲む。

 赤松と間接キスになるけど、やましい気持ちはない。


 ただ、もしも一連の出来事を男子が見ていたと仮定する場合、そいつにはうらやましがられるだろうな。


 俺だったらうらやましがると思う。

 当事者になってみると、そこまでうれしい気持ちはなかったりする。

 

 うれしい以外の気持ちが起こるものなんだな、とちょっと他人事のように思った。


 

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