賽は投げられた

奈那美

第1話

 今日は3月22日、終業式。

ホワイトデーは何もないまま終わってしまった。

もちろん、バレンタインデーに何もなかったから、当り前と言えばあたりまえなんだけど。

あ……なにもなかったわけじゃないか。

勢いで、安藤さんに告白して友チョコはもらったんだった。

 

 でもはっきりとって言われてしまってるから、そのお返しになにか……というのはやっぱり変な気がして、なにもしなかった。

ダンスイベントでアドバイスしてくれたお礼……という口実も考えた。

だけど、それもあまりにもこじつけすぎる感じで。

 

 永田君に言われた言葉も、ずっと頭から離れなかった。

もういっぺん告白する……その言葉は何度追い払っても頭の片隅から離れなかった。

今は、それなりに仲がいい関係が続いている。

改めて告白して。

つきあってほしいと言ったらどうなるんだろう。

 

 ぼくを好きになってくれるだなんて、甘い考えは持てようはずがない。

少なくとも、今現在は嫌われてはいない。

だから現状維持がベストだってことも、よくわかっている。

だけど、せっかくの春休み。

宿題もほぼないに等しい春休みに、一日でもいいからどこかに一緒に出かけてみたい。

のんびりできる春休みなんて、一年生の時くらいだって先輩や先生たちが言ってた。

 

 そう。

二週間ちょっとの春休みが終わったら、ぼくたちは二年生に進級するんだ。

そして──肝心なことがひとつ。。

ぼくたちの高校は二年生になるときにクラス替えがある。

そしてそのあとは卒業までクラス替えはなくて。

 

 男女別の授業の時は他のクラスとの交流があるけれど、それ以外はすべてクラス単位での行動になる。

と、いうことは……二年生になった時に違うクラスになってしまったら、ほとんど安藤さんとは交流が持てないままになってしまう。

それは──正直、イヤだと思った。

 

 クラスが違っても、図書室とか駅までの道でとか、顔を合わせたら話をするくらいはできるだろう。

でも──。

階段のところで話したり、ひなまつりに出かけたり。

安藤さんと交流できたことで、バレンタインのころよりももっとずっと安藤さんのことが好きになっている。

だから、できれば今よりももっと仲良くなりたい。

せめて、思い出くらいは作りたい。

 

 独り占めにしたい的な、よこしまな感情もちゃんとある。

ぼくだって正常な男子だから。

でもそれよりも、いっしょに出かけて同じものを見て感じて、その感想を言い合って……そんなことがしたい。

ひなまつりや、この前帰り道で一緒に見た虹みたいに。

──そっか。

そう、正直な思いを言えばいいんだ。

 

 終業式も帰りのHRも終わった。

高橋さんと新川さんは、それぞれの彼氏と帰る約束をしているんだろう。

安藤さんに手を振りながら教室から出て行った。

このままひとりで帰るだろうから、そのときに……って。

しまった!は考えたのに、誘う方法を考えてなかった。

メール……って、こういう時に限ってスマホ忘れてるし。

どうしようと悩んでいる間に、安藤さんは教室を出て行ってしまった。

 

 あ……。

まっすぐ帰るのだろうか?それとも図書室?

ぼくはダメもとで図書室に行った。

「こんにちは」

「あら、常連さんいらっしゃ~い……って、彼女は一緒に来なかったの?」

司書の永田さんが言う。

「え?」

図書室の中を見回す。

ガランとして、だれ一人いない。

 

 「え?ぼくひとりですか?」

「ええ。今日来たのは遠藤君だけよ。終業式の日にまで図書室に来るモノ好きは、そうはいないわ」

しまった。

帰宅コースだったんだ。

「し、失礼します」

図書室を出て昇降口に急ぐ。

 

 利用する駅は一緒だけど、乗るホームは違うわけで。

安藤さんが乗る電車の時刻表は把握できてないし、調べたくてもスマホ忘れてて調べられない。

まごまごしているうちに安藤さんが電車に乗ってしまったら……降りる駅を知らないから、ぼくの気持ちが伝えられないままになってしまう。

帰ってから落ち着いて電話でもすれば?と多くのひとは思うだろう。

でも、ぼくは、直接顔を見て伝えたかった。

 

 駅へと向かう道の、先の方に安藤さんの後姿が見えた。

駅まで、まだ距離はある。

ぼくは焦る気持ちをおさえて、少し早足で安藤さんを追いかけた。

やっとのことで追いついたぼくは安藤さんに声をかけた。

「安藤さん、よかった、追いつけた」

──追いつけた、だなんて。

 

 自分の発言に後悔しているぼくに安藤さんが言った。

「追いつけた?なにか、用事があったの?私に」

「え、あ。用事というか、伝えたいことがあって」

「伝えたいこと?」

「うん……歩きながらじゃ、ちょっと。だから、そこの公園に行っていい?電車の時間がだいじょうぶなら、だけど」

賽は投げられた──言うしか、ない。

 

 「電車はだいじょうぶだけど……?」

「じゃあ、ちょっとだけ安藤さんの時間をもらうね」

横に並んで公園まで歩く。

あまり広くもない、植え込みのそばにベンチがいくつかあるだけの小さな公園だ。

 

 並んでベンチに座る。

緊張してきた……なかなか言葉が出てこない。

でも、言わなくちゃ。

「あのっ、明日から春休みでしょ?だから、どこかに一緒に出かけてもらえないかなって……その、友達として」

「出かけるって。たとえば、どこに?」

 

 「まだ、決めてないけど。でも、ひなまつりとか、このまえの虹のように、いっしょに出かけて同じものを見て感じて、その感想を言い合って……そんなことがしたい、そう思ったんだ。とても、楽しかったから」

なんとか噛まずに言えた。

でも、たぶん顔は真っ赤になっているはず。

「いいわよ」

「え?」

 

 あっさりと安藤さんは了解してくれた。

「私も遠藤君と出かけたの、結構楽しかったし。でも、それを言うために追いかけてきたの?メールで『用事があるからちょっと待ってて』って言ってくれたらよかったのに」

「あ……今日、スマホ忘れてきちゃってて」

「そうなんだ。伝えたいことって、それだけ?」

「うん」

「そっか……伝えたいことがあるって、慌ててる感じだったから、でっきり……」

安藤さんが急に口を閉ざした。

 

 「てっきり?」

「ううん、なんでもない。あ、そろそろ電車の時間みたいだから、私行くね。誘ってくれてありがとう」

「うん、ぼくのほうこそ、ありがとう。またメールするし」

去っていく安藤さんの後ろ姿に手を振って、ぼくも駅に向かって歩き出した。


 

 

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