第5話「冒険の始まり」

 幾度もの朝を越え、ルークとギルベルトはようやく目的の地へと辿り着いた。

 眼前に広がるのは、交易都市ロズベル。

 石畳が続き、荷馬車を引く商人たちの声が交錯し、香辛料の匂いが通りを満たしている。


 村が焼かれて以来、ルークが目にする初めての人の営みだった。

 活気、喧噪、笑顔。

 そのどれもが、遠い過去の記憶のようで、どこか胸の奥を熱くした


「長い道のりだったが、ようやく着いたな。ここが交易都市ロズベルだ」


 ギルベルトが肩の槍を担ぎながら言った。


「物資も情報もここを通る。冒険者の拠点としても有名でな」


 街の門を抜けると、露店が並び、商人たちが行きかっている。

 喧噪の中、剣士も魔法使いも入り混じって歩いている。

 あらゆる種族が入り混じるこの街は、まさに生きた市場そのものだった。


 ほどなくして、ギルベルトは立ち止まる。


「さて、俺は別の用事があってな、ここでお別れだ」

「……いろいろありがとうございました」

「気にするな。生きてまた会おう」


 そう言って、彼は笑い、群衆の中へと消えていった。

 その背を見送り、ルークは深く息を吸い込む。

 街の騒がしさの中に、確かに新しい日常の音が混じっていた。


 そして、歩き出す。

 目指す先は、ギルベルトが教えてくれた場所ーー街の中央にそびえる、石造りの巨大な建物。

 看板には冒険者ギルドの文字。


 扉を押し開くと、ざわめきと熱気が一気に押し寄せた。

 笑い声、金属の音、そして掲示板に並ぶ依頼書。

 冒険者たちが肩を組み、談笑するその光景は、混沌と自由の象徴だった。


「新規登録の方ですか?」


 声をかけてきたのは、淡い茶髪の受付嬢。

 柔らかな笑顔と落ち着いた声色が印象的だった。


「はい。ルーク=アーデンといいます」

「ありがとうございます。私はリリアと申します。こちらで登録の手続きをいたしますね」


 リリアは慣れた手つきで髪を並べ、説明を始めた。

 冒険者はEからSまで六つの階級に分かれ、依頼達成と実績により昇格していくという。

 Eランクから始まり、A以上は国家任務すら請け負う存在となるらしい。


「剣をお持ちということは、得意分野は剣術ですか?流派など教えていただけますか?」

「アーヴェン流です」

「まあ、三大剣術の一つですね。素晴らしい流派です」


 そう言うと、リリアは透明な球体をカウンターに置いた。


「では、魔法適正検査を行います。オーブの光や色で判断します。手をかざしてみてください」


 ルークが掌をかざすと、球は……沈黙したまま動かない。

 もう一度、深呼吸して試す。

 だが、何の反応もなかった。


「魔力反応なし。つまり魔法適正はありませんね」


 リリアの声が静かに響く。

 その一言に、ルークの眉がわずかに揺れた。


 魔法を使えない。

 だが、これまで通りに剣で生きればいい。

 ただそれだけのことだ。

 

「ご安心ください。そういう方は少なくありませんから」


 リリアは気まずさを隠すように微笑み、最後の書類を差し出した。


 サインを終えると、銅色のプレートが手渡された。

 それは、冒険者であることの証だった。


「登録完了です。依頼を受ける際は、受付かあちらの依頼掲示板をご利用ください」


 ルークは礼を述べ、掲示板へ向かう。

 壁一面に貼られた依頼書が風に揺れ、無数の冒険の入り口を示していた。

 魔獣の討伐、護衛、採取、どれも現実味のある仕事ばかりだ。


 彼がその一枚に手を伸ばしかけた、そのときーー


「……ルーク?」


 背後から、聞き覚えのある声がした。

 空気が、一瞬止まる。

 振り返った先に立っていたのは、淡い金髪と青い瞳を持つ少女だった。


「ソフィア……!」


 驚きと歓喜が入り混じる声が、彼の喉から漏れた。

 少女もまた、泣きそうな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「やっぱり……生きてたんだね」


 二人の間に、長い沈黙が落ちる。

 けれど、それは悲しみではなかった。

 焦土の夜を越えた先に、ようやく掴んだ生の確信だった。


 ルークの胸の奥で、張り詰めていた何かが音を立ててほどけていく。

 ようやく、息ができた。

 ようやく、生きる意味が戻ってきたのだ。


 ーー再会の日。

 俺の旅は、ここからようやく始まったのだ。

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