第11話「戦争は不採算事業につき、業務提携を提案します」
勇者アランが、ケントの「転職の勧め」によって完全に戦意を喪失してから、数日が経った。
アラン一行は、魔王城の一室に賓客として丁重に迎えられていた。
最初は戸惑っていた彼らも、温かい食事とふかふかのベッド、そして何よりも久しぶりの長期休暇に、心身ともに回復していくのを実感していた。
ケントは、その間に人間側の王に使者を送り、ある提案をしていた。
「人間と魔族、双方の代表者による会談の場を設けたい」
最初は拒否していた王も、勇者一行が魔王軍に「保護」されているという事実と、これ以上戦争を継続しても勝ち目はないという現実を突きつけられ、渋々その提案を受け入れた。
そして今日、魔王城の大広間には、歴史的な光景が広がっていた。
片側には、魔王リリアを筆頭に、四天王とケントが並ぶ魔族側の代表団。
もう片側には、アークライト王国の国王とその側近、そして説得されて同席した勇者アランが並ぶ、人間側の代表団。
テーブルを挟んで、長年敵対してきた両者が、初めて交渉の席に着いたのだ。
重苦しい沈黙の中、最初に口火を切ったのはケントだった。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。わたくし、魔王軍宰相補佐官のケントと申します。本日は、この不毛な争いを終わらせるための、新たなご提案をさせていただきたく、皆様にお集まりいただきました」
ケントは、まるで株主総会で事業計画を説明するCEOのように落ち着き払っていた。
彼は、魔法で空中に巨大なスクリーンを投影する。
そこには、これまでの戦争で両者が失ったもの――人命、資源、そして予算――が、膨大なデータとして表示されていた。
「皆様、ご覧ください。この百年間で、戦争というプロジェクトに、我々がどれだけのコストを投入してきたか。その結果、得られた利益はありましたか? 答えは否です。両者ともに疲弊し、国力は衰退の一途をたどっています。結論から申し上げます」
ケントは、集まった両陣営の代表者をまっすぐに見据え、言い放った。
「戦争は、両者にとってあまりにコストがかかりすぎる不採算事業です」
「ふ、不採算事業だと……?」
人間の王が、侮辱されたように声を震わせる。
「聖戦を、事業などと……!」
「では、お聞きしますが、この戦争を続けて王国にどのようなメリットが?」
ケントの冷静な問いに、王は言葉に詰まる。
ケントは続けた。
「このままでは、共倒れになるだけです。そこで、私からの提案は、この不毛な争いを今すぐやめ、互いの技術や資源を共有し合う『経済的な業務提携』を結ぶことです」
「ぎょうむ、ていけい……?」
聞き慣れない言葉に、広間がざわめく。
ケントは指を鳴らし、スクリーンに新たな映像を映し出した。
それは、人間と魔族が手を取り合うことで生まれる、輝かしい未来の予想図だった。
「魔族の持つ強大な魔力と、頑強な肉体。人間の持つ繊細な技術と、豊かな創造性。これらを組み合わせれば、何が生まれるか。想像してみてください」
スクリーンには、魔族の魔力で動く人間の作った便利な機械。
人間の技術で改良された、魔族の住む都市。
両者が協力して、新たな食料や資源を生み出す農地。
「魔力と技術の融合は、新たな産業革命をもたらします。食料問題は解決し、インフラは整備され、世界は今よりもっと豊かになる。我々がこれまで戦争に費やしてきたリソースを、未来への投資に回すのです。その経済効果は、計り知れません」
ケントは、魔法で作り出したグラフや未来予想図を次々と示し、共存共栄がもたらす巨大な利益を、具体的に、そして論理的に説明していく。
そのあまりに斬新で、誰も考えつかなかった平和への道筋に、誰もが言葉を失っていた。
憎しみやプライドではなく、利益と効率という全く新しい視点から語られる未来。
それは、彼らの凝り固まった価値観を、根底から揺さぶるものだった。
ケントのプレゼンテーションが終わると、広間は再び静寂に包まれた。
最初にその沈黙を破ったのは、魔王リリアだった。
彼女は、恍惚とした表情でゆっくりと拍手を始めた。
「素晴らしい……。ケント、お前の頭の中は一体どうなっているのだ。世界そのものを、経営の対象と見るか。面白い、面白すぎるぞ!」
リリアは玉座から立ち上がると、高らかに宣言した。
「ケント、お前の好きにしろ。この世界を、お前の好きなように経営してみせろ! 私は、その提案を受け入れよう!」
魔王の決定に、四天王たちも異を唱える者はいなかった。
彼らもまた、ケントが示す未来に抗いがたい魅力を感じていたからだ。
全ての視線が、人間の王に注がれる。
王は、深く思い悩んでいた。
しかし、隣に座る勇者アランが、静かに、しかし力強くうなずくのを見て、ついに決断した。
「……わかった。我が王国も、その提案を受け入れよう」
その言葉を合図に、広間は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
何百年と続いた、人間と魔族の永きにわたる戦争が、終結した瞬間だった。
この歴史的な和平の立役者となったケントは、その後、人間と魔族の共同統治機構における「最高経済顧問」という、またしても引退とはほど遠い新たな役職に就任することになった。
『あれ……? 俺、戦争を終わらせたよな? なんで、前より忙しくなってるんだ……?』
ケントの素朴な疑問に、答える者は誰もいなかった。
彼の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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