第05話「インプの快進撃と、魔王の興味」

 ケントによる兵站改革の成果は、すぐに戦場で現れた。

 人間側の王国軍との小競り合いが発生した際、ゴードン軍は以前とは比較にならないほどの強さを見せつけたのだ。

 兵士たちはスタミナが切れにくく、常に最高のコンディションを維持している。

 手にする武器は手入れが行き届き、戦いの最中に壊れるといったトラブルも皆無になった。

 何より、後方から温かい食事が滞りなく届けられるという安心感が、彼らの士気を極限まで高めていた。


「進めぇ! 奴らを蹴散らせ!」


 ゴードンの号令のもと、兵士たちは雄叫びを上げて敵陣に突込む。

 その勢いは凄まじく、王国軍はあっという間に混乱に陥り、撤退を余儀なくされた。

 これまで、ゴードン軍は力押し一辺倒で損耗も激しかったが、この戦いでの損害は驚くほど軽微だった。


「大勝利だ! これも全て、あのインプのおかげだな!」

「ああ! あいつが来てから、飯はうまいし、武器の調子も最高だ!」


 兵士たちは、もはやケントをただのインプとして見ていなかった。

 彼らはケントを「勝利の立役者」として称賛し、その存在を認めるようになっていた。

 勝利の報告を受けたゴードンは、執務室で上機嫌に酒をあおっていた。


「ケント! 貴様の功績は大きい! 我が軍は、今や魔王軍最強の部隊となったぞ!」

「恐縮です。俺は、やるべきことをやったまでですので」


 ケントは謙遜するが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。

 軍全体のサプライチェーンを管理する仕事は、無限の体力があっても精神的にこたえる。


『最強部隊とか、どうでもいいから休みをくれ……。有給休暇の概念はないのか、この世界は』


 そんなケントの心の叫びを知ってか知らずか、彼の評判はゴードン軍の快進撃とともに、他の四天王たちの耳にも急速に広まっていった。

 魔王城、四天王会議室。

 巨大な円卓を囲む四人の魔族。その一角、ゴードンが自慢げに胸を張っている。


「聞いたか? 我が軍が先日、人間の増援部隊をいとも簡単に退けたことを。これも全て、我が軍に加わった新たな補給係のおかげよ」


 その言葉に、他の四天王はそれぞれ異なる反応を示した。


「ほう、豪将殿の軍が、ねえ。力押しだけではないと見える」


 そう言ったのは、氷のような美貌を持つ「氷姫」セレスだった。

 彼女は魔王軍随一の軍師であり、常に冷静に戦況を分析する。


『インプ一匹が軍の兵站を立て直した、か。にわかには信じがたい。その未知の理論とやら、一度この目で見てみたいものだわ』


 セレスは、ケントという存在に強い知的好奇心を抱いていた。

 一方、影のように気配を消して座っていた「幻影」ジンは、その口元に不気味な笑みを浮かべていた。


「面白い。そのインプ、ただ者じゃなさそうだねぇ。一体どこから、そんな知識を仕入れているのやら」


 暗殺と諜報を司るジンは、ケントの情報収集能力と、その出自に興味を持っていた。

 正体不明の存在は、味方であっても脅威になりうる。彼はすでに、部下を放ってケントの身辺調査を始めさせていた。

 そして、残る一人の四天王は、この会話に全く興味を示さず、退屈そうに爪を磨いている。


 ゴードンの自慢話が続く中、会議室の扉が静かに開いた。

 そこに立っていたのは、銀髪を揺らす、幼い少女だった。

 その姿を見た瞬間、それまで騒がしかったゴードンを含め、四天王全員が椅子から立ち上がり、深く頭を垂れた。


「魔王様!」

「うむ。何やら楽しそうな話をしておるな」


 魔王リリアは、見た目の可憐さとは裏腹に、絶対的な支配者のオーラを放っていた。

 彼女は玉座に着くと、面白そうにゴードンに問いかけた。


「ゴードン。そなたの軍を変えたという、インプの話を聞かせよ」

「はっ! ケントと申すそのインプは……」


 ゴードンがこれまでの経緯を興奮気味に語る。

 リリアは最初、退屈そうに聞いていたが、話が進むにつれて、その真紅の瞳に興味の色が浮かび始めた。

 5S、在庫の可視化、サプライチェーン、ジャストインタイム。

 聞いたこともない言葉で語られる、軍の構造改革。

 それは、力と魔法だけが支配するこの世界において、あまりにも異質な理論だった。


「ただのインプが、軍の仕組みを根底から変える、か。面白い。実に、面白いではないか」


 リリアは何百年もの間、戦況が膠着しているこの世界の在り方に飽いていた。

 そこへ現れた、ケントというイレギュラー。

 彼の存在は、リリアの退屈な日常に、新たな刺激をもたらすかもしれない。


「そのケントとやらを、私の前に連れてまいれ。この私が、直々に会ってやろう」


 その声は、少女のものとは思えないほど威厳に満ちていた。

 四天王たちは息をのんだ。

 魔王が、一介のインプ、それも最下級の兵士に謁見を許すなど、前代未聞のことだったからだ。

 この時、ケントは駐屯地の自室で、どうすれば効率的に兵士の休暇を回せるか、新たな勤務シフト表を作成している真っ最中だった。


「よし、これで週休二日制も夢じゃないぞ……」


 そんな彼の元に、魔王直々の呼び出しがかかることを、彼はまだ知らなかった。

 彼のスローライフ計画は、本人の意思とは全く無関係に、崩壊への道を突き進んでいた。

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