第27話 避難

 光に慣れない目を細めながら、岩場を登りきったときだった。

 耳の奥で、懐かしい声が風に乗って響く。


「……ソレル殿!?ソレル殿ではありませんか!?」


 振り向くと、陽光の中に立つひとりの男。

 ナランサスの衛兵服を身にまとい、息を切らせながら駆けてくる。


「ルナール……!? 本当に、ルナールなのか!」


 思わず声が震えた。

 地上の風、空の匂い、そしてかつての仲間の姿。

 全部が懐かしくて、胸が痛くなるほどだった。


「カミュラ様の体調が良い日が続いているため、書簡を持ってきたのです!」

「姉様が……そうか、良かった……」


 安堵の息を吐く間もなく、ルナールの眉が寄る。


「ですが、ソレル殿。どうしてこんな場所に? まさか……」


 ソレルは一瞬だけ、胸に抱いた光る花を見下ろした。

 ダランの声が、まだ耳の奥に残っている。


 ──“俺たちは生き延びる。だから、伝えてくれ。”


「……ラハル山が噴火する」


「──えっ……!?」


 ルナールの顔色が変わる。


「詳しい話は……国に戻りながらしよう」


 声を押し殺すように言いながら、ソレルは空を見上げた。

 黒い雲が、ゆっくりと渦を巻き始めている。


(……間に合ってくれ。ダラン、どうか──)


◇◇

 

 国へ戻る道のりは、想像以上に長く感じた。

 地上の空は明るいのに、胸の奥はずっと曇ったままだった。

 道すがら、僕はルナールにすべてを話した。


 ──四百年前地底の国ドルナーグは噴火の前に警告を出していたこと。

 それを、当時の王が「取り合わなかった」こと。

 そして、その罪が、今もなお知の国ナランサスの民に根付いていること。


 ルナールは一言も遮らず、黙って聞いてくれた。

 ただ、馬上で小さく息を吐き、神妙な顔をして言った。


「……仕方なかったのでしょうね。

 当時の王も、信じたくなかったのでしょう……。

 ──ソレル殿は、その地の民の言葉を信じるのですか?」


 その問いに、僕は迷いなく頷いた。


「信じるよ。あの国の人々を、僕はこの目で見てきた。とてもすごい人たちだったんだ。」


 ルナールはしばらく黙り込み、やがて穏やかに微笑んだ。


「……なら、俺はあなたの言葉を信じます」


 その一言が、胸の奥にまっすぐ届いた。

 あの暗闇の中で聞いた“地の民の声”が、確かに誰かに届いたのだ。


(ありがとう、ルナール。僕は──この国を変えてみせる)


 雲間から差し込む光が、馬のたてがみを照らす。

 アルネラの花が懐の中で、そっと明滅していた。

 まるで、地の底から届く“応援の灯”のように。

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