第11回 #プロポーズ

「はい、皆さんこんにちは。」

画面にはりゅうの姿が映る。

だが、背景がいつも配信するのとは違うことにリスナーは気づいていた。

《あれ、一人配信?》

《ケンヂくんは?》

「いや、今日のはケンヂには内緒。みんなに相談したいことがあって。」

いつもの配信なら、ゆっくり最初は雑談から入るのだが、この時は違った。

「単刀直入に相談です。プロポーズしようと思ってます。」

ザワっとコメント欄がざわめいたのが分かった。

りゅうは、それに気付いていながらも、コメントにはとりあえず触れずに話を進める。

「そもそも、プロポーズ配信したいけど、していいものかどうか……ってとこから悩んでて。それ、ケンヂには相談できないし。」

《まあ、そうだよね。》

《配信はハードル高そう。》

《また喧嘩にならない?大丈夫?》

「やっぱりそうかな。喧嘩になるかな……。」

りゅうは、過去にナイトルーティーン配信で勝手に配信し、ケンヂに怒られた経緯がある。

ケンヂが、みんなに見守られてサプライズでプロポーズされたいと考えていたら別に問題ないが、そうでなかった破局も考えられかねない。

「じゃあ、後日報告配信でいいかな……。」

《その方がいいかも。》

《ケンヂくん、結構繊細だもんね》

りゅうは、流れてくるコメントを一通り読んだ後でウンウンと小さく頷く。

「やっぱり、プロポーズはプライベートでやる……けど、どうなったかの報告はするね。」

《それがいい》

《りゅうくん頑張って》

「ありがとう。じゃあ、気づかれる前に配信切ります。またね!」




「プロポーズ、かあ……。」

さきは、ぼんやりと、しかし尊いと言わんばかりに、はっきりとした声でうっとりといった。

短い配信ではあったが、りゅうのケンヂに対する気持ちが本気であることは伝わってくる。

配信でプロポーズしていいかどうか、相談してきたのも、自分達のことも尊重してくれているようで、さき的にはポイントが高かった。

「まあ、恋人だからって成功するもんじゃないって知ってるけど、成功して欲しいなぁ。」

ふぅ、とため息を付いてさきはスマホを閉じた。

結婚という形がとれないからこそ、本当にふたりには幸せ

「でも、りゅうが思ったってことは…上手くいって欲しいな。」

ふたりは同性のため結婚という形をとることは出来ないだろう。

ただ、それでも、りゅうがケンヂとずっと一緒にいたいと思ったりゅうの気持ちが実るといいとさきは思っていた。





「指輪、かな……。」

りゅうは、配信を切ったあと、まず何をすべきなのか考えていた。

やることは、山のようにあるような気もするのに、ひとつも頭に浮かんでこない。

ギリギリ浮かんだのがそれである。

でも、と、りゅうは思った。

ケンヂと自分の好みの差は結構根深い。

りゅうの好みに合わせて婚約指輪を選べば、嫌がったり、否定することは無いだろうが、もしかしたら気に入らないかもしれない。

そんなデリカシーがないことは、ケンヂは言わないとは思うが、どうせならケンヂが喜ぶものがいい。

「お店に行く?うーん、まあ、ケンヂのサイズは13号だから、ややこしい事にはならないだろうけど。」

りゅうはしっている。

大体、そういったお店に行くと、「彼女さんへですか?」と聞かれ、可愛らしいデザインのものをあれこれ出されるということを。

説明すれば、邪険にされることは今どきはなくなったが。

でも、ここは頑張ってやらなくてはならないときだ。

「ここは男を見せるか……。」

決意を固めると、アクセサリーショップへ向かうのだった。


「なにかお探しですか?」

アクセサリーショップに入って、数分後。

ショーケースの中を丁寧にりょうが見ていると、覚悟していた声掛けがあった。

いつもなら、半分誤魔化してあやふやにして、自分で選んでしまうのだが今日は違った。

「あの……婚約指輪を……。」

もちろん、自分で探しても悪くないし、それでもいいと思っていたのだが、探しているのは婚約指輪である。

いままで、縁のあったものでもないし、勝手がわからなかったのも事実だ。

「婚約指輪ですね。どのようなものをイメージされているでしょうか?」

「あっと…できるだけ、シンプルな感じで……。」

「シンプルなものですと、こちらのシリーズなどいかがでしょうか?」

店員に促され、提案されたショーケスを見つめる。

確かに、"一般的な婚姻指輪"といったものが並んでいた。

ダイヤモンドが堂々と付いているものが多い。

それに、やはり"女性が贈られるもの"としての役割が大きいからか、可愛らしいデザインが多かった。

すこし、ケンヂには、似合わないし、浮くとりゅうは思う。

りゅうは少し迷った。

多分、相手が男性で、シンプルなデザインのほうが似合うということを言わなければ、今違うデザインをといったところで同じようなものが出てくるだろう。

りゅうは、呼吸を一拍置いたあと、指輪の方を見ながら、辿々しくいう。 

「あの、相手は、男性で……。」

「それでしたら、シンプルでダイヤモンドなど付いていても小さいものが良いですか?」

「はい……そちらを見せていただけたら。」

店員は、りゅうの言葉にも驚いたり、馬鹿にするような様子もなく、すんなり提案してくれた。

内心、りゅうはホッとしていた。

もう、こういったお店で、カミングアウトをしても邪険に扱われることが減ったが、まだ、店員による部分もある。

今、対応してくれている店員は、その辺もきちんとプロだった。

「こういった、シンプルなものやクラシカルなものはいかがですか?」

客として、対等に扱ってくれる声をかけてくれた店員に、りゅうは安堵の表情を浮かべる。



時々可愛くて、無邪気なくせに繊細で。

でも、決めたことには真っ直ぐに進んでいくのがケンヂだ。



きっと、生活の中で邪魔にはならないが、少し主張が強いもののほうがケンヂには似合う。

りゅうはそう思った。

シンプルなものも良いが、ケンヂにはデザイン性が高いものがいい。

「こういったダイヤモンドが小さいものもありますよ。」

何個か店員が選んでくれた指輪は、どれもシンプルで生活の中にも溶け込みそうなものだった。

「あ、これとか……。」

そのなかにあった、細身でありながらクロスされたデザインが柔らかい印象を与え、小さなダイヤが輝く指輪に目がいった。

小さいながらも品よく輝くそれは、ケンヂにも似合うだろうし婚約指輪にもぴったりだと思った。

「これ……。」

「そちらがお気に召しましたか?そちらは、たしかにシンプルですが品があって素敵ですよね。」

「これ……にします。」

確かにシンプルではあるが、だからこそ、それがよくりゅうは惹かれた。

「お名前やお日付を入れることもできますが。」

「あ、や、それはいいです!」

りゅうは思っていたのだ。

選んでいるときには気づかなかった場違い感というものを。

決めることができたと同時に感じたのは、この場にいいのかという不安感だった。

(それに、指輪に傷つけたくないし。)

後付であるが、それも思わなくはなかったことだ。

りゅうは、支払いを済ませると、家へと向かった。

色々、シチュエーションなども考えたはしたのだ。

例えば、二人が配信したことのある場所に行くとか、ベタでも景色が綺麗な所が良いんじゃないかとか。

でも、思ったのだ。

なんでもない、何気ない日常の中にそれを入れたいと。

そうすれば、いつでも思い出すことができるし、いつでも記念日のようになるじゃないかと。

だから、決めたのだ。

家で、なんでもないときにプロポーズする、と。






「……りゅう?どうした?」

「え、何が?」

「さっきから落ち着きないから。なんかソワソワしてるし。」

「いや、えーと……。」

「めっちゃ怪しいんだけど。」

それまでにバレる可能性(指輪が見つかるのも含めて)も考えられたし、今の勢いも大事かと思っていた。

だが、その前に隠し通せなさそうな、バレそうな空気にりゅうは話題を変えられないでいた。

「もしかして、なんか嫌なこと隠してたりする?」

「……嫌なこと?」

「りゅうがそんな風になるとかないし、もしかして……。」

何か、雰囲気が雲域が怪しくなっているような気がして、嫌な汗を掻く。

「もしかして、悪い知らせとか。」

(あ、まずいかも。)

ケンヂの目が、疑いの眼差しに徐々に変わりつつあるのを、りゅうは見逃さなかった。

(もう、正直に言って、プロポーズしてしまうか……いや、あまりにもそれは……。)

「りゅう、結婚しよ。」

「……え?」

「今みたいに思いたくない。りゅうが自分にしか気が向いてないんだっていたいし。」

「え、あ、え……?」

「りゅうは嫌?」

嫌なもんか!と、りゅうは心のなかで思っていた。

嫌なやつが、わざわざ配信で相談し、指輪を買いに行ったりするものか、と。

ただ、完全に自分から言おうと思っていただけに、唖然としてしまっただけだ。

「え、と……嫌というか、びっくりしただけで。」

「うん。」

「えっと、あの、えー、と。よろしくお願いします。」

最後の語尾は段々と小さくなって聞こえなくなっていたが、その言葉が終わる前にケンヂはりゅうを抱きしめた。

「りゅう、嘘じゃないよね?」

「……嘘なわけない。」

「知ってる。」

ケンヂはりゅうの頬に口付けると、にっこりと笑った。

「りゅうは俺のもの。」

「───本当は、俺からしようと思っていたのに。」

「知ってるよ。ごめんね、配信見てた。」

「な……。」

「それ見て、俺からしたいって思っちゃった。」

少し照れくさそうに笑うケンヂの表情を見て、りゅうは脱力した。

しばらく、脱力していたが、急に立ち上がると部屋に戻り、小さな紙袋を持ってくるとケンヂに突きつける。

「え?」

「これは、俺が先。」

ケンヂは驚いた表情を浮かべ、紙袋を受け取ると、中を覗いてから、目を丸くしてりゅうをみる。

「……開けていい?」

「開けてやろうか?」

「……ん。」

ケンヂの返事とともに差し出された紙袋。

りゅうは、大事そうに紙袋から箱を取り出すと、ケンヂに差し出した。

「……ケンヂ、結婚しよ。」

「喜んで。」

りゅうは、パカッと箱を開けて、ケンヂに差し出すと、目を細めて優しい表情でそれをケンヂは受け取った。

「ありがとう───。」










「と、言うわけで、指輪はこれです。」

「ケンヂも指輪買ってきてくれて。」

そういって、定期配信で差し出したふたりの指には、お揃いではないがそれぞれに婚約指輪が。

りゅうの左手薬指には、ブラックのクロスの模様が入り、ケンヂの指輪を同じような大きさのダイヤが輝いていた。

《あれ。それって。》

ふと、いちリスナーがなにかに気づく。

《同じシリーズでじゃない?》

《ホントだ。》

《え、ケンヂくん合わせたの?》

「ばれちゃった。」

そういうケンヂの顔はしてやったり顔。

りゅうは、それに気づいてなかったようで、驚いて指輪を交互に見ている。

「ある意味、ペアリング、でしょ?」

「──ありがとう。」

照れるりゅうを、コメント欄は置いていかなかった。

祝福ムードに包まれると、りゅうとケンヂはお互いに顔を見合わせて笑ったのだった。




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