10 世界を組み立ろー⑤
一方、女子を放っておくことにしたテートとハネスは、二人で何かを打ち合わせている。
カヴィルはもう一度ベルを鳴らした。
——あれだ。魔法の動力源のあのベルをどうにかすることだ。
さすがに寮長テートは気付いたようで、虫に構わずベルの方へと走る。そして杖の先から強力な攻撃を放つが、ベルの手前で鏡のように跳ね返されてしまった。
「バカな!」
魔力を発しているのはカヴィル本体ではなく、ベルで間違いない。だからベル自身が魔力を跳ね返す壁に覆われていては、魔力を場内へ、ましてや地中へと行き渡らせられない。
「さて、どういうからくりになってるでしょーか? 残り時間はあと五分だよ」
これにはテートも固まってしまう。背後では「寮長、これ取ってくださぁあい!」と足長虫を背中にへばり付かせたイトが泣いている。
「今はそれどころじゃない! 時間がないんだから我慢しろ!」
ぴしゃりと言われ、イトは虫ごとローブを脱ぎ捨てて舞台を下りてしまう。それを見て、集団で虫にたかられたナダも続いた。
カヴィルはどうやって魔法を地中に届けているのだろう。なぜあんな分かりやすくベルを浮かせているのか。リザンははっと閃いた。
「わかった。音だ」
「ん? なんだ、教えてくれよ」
ラムゥが促す。
「うん。音は空気の振動だよね。だからベルの周りの壁は密閉されていなくて、空気の振動を通す、ごく細かい隙間があるんだよ」
「つまり目の細かい網みたいなもんか」
「そういうこと」
だからテートがそれに気付き、糸のように細くした魔法でベルを壊せば、まだ勝機はある。カヴィルがわざとゆっくり描いた魔法陣にも、丁寧に読み解けば手がかりが残されているはずだ。だがこの状況で、二人だけで見つけるのは困難だろう。
「魔法が強ければ勝てるわけじゃない。こういうことなんだね」
結局男子二人だけでは有効な手を打てず、カヴィルの前にファ寮も敗退となった。
「みんな寝てるところを起こして、働かせちゃってごめんな」
舞台上にいたモグラを撫で、連続でベルを鳴らし地中へ戻るよう促してやる。すると虫たちが一斉に、面白いようにサーッと引いていったのだ。
「カヴィル! よくもお前、対抗戦でこんな魔法を。卑怯だと思わないのか!」
声を荒げたテートが、怒りで顔を真っ赤にしている。他の三人も普段の実力を出せなかったことで不満げだ。
「相手の裏をかくなんて基本中の基本だよ。それに考えてみなって。四対一なんだから、まず四人を連携させず分断させることから始めるに決まってるじゃん」
「俺が言ってるのはそういうことじゃない。もっと正々堂々と——」
「みんな魔法に頼りすぎなんだよ。本当に命の危機に瀕した時、救ってくれるのは魔法じゃない。鉄の肉体と鋼の精神、何より仲間だ。全員それを忘れるな」
途中で放棄したイトとナダは気まずそうな顔になった。虫の恐怖に自分の事しか考えられなかったのだ。そしてテートとハネスも同じだった。女子二人を切り捨てて対処しようとしたが、うまくはいかなかった。
「ホラ、四人で仲直りしなよね」
カヴィルがテートの尻をバシッと叩く。まずテートが頭を下げた。
「皆を思いやる言葉をかけてやれず、申し訳なかった。負けたのはリーダーとして役目を果たせなかった俺の責任だ」
「そんなことないです。私の方こそ、泣いて叫んでばかりでご迷惑をおかけしました。何にもできなくて……」
「俺も。寮長を助けなきゃならなかったのに」
「私もパニックになって、練習通りできなくてすいませんでした」
「はいっ! じゃあこれで恨みっこなしね」
にっこり笑うカヴィルに、ファ寮四人が噛みつく。
「「お前とは仲直りしてないから!」」
教師席へと戻るカヴィルに、ファ寮応援席からも盛大なブーイングだ。
「カヴィルもなぁ。嫌われるやり方しかできねーのな」
「ほんと。言ってることは正論なのにね」
ラムゥとジャジが苦笑する。 カヴィルらしいなとリザンも思った。
そして、すっとナディアが立ち上がる。
「私たちの番ね。行くわよ、リザン」
トップのファ寮、二位のワドル寮とも失敗したので、これに勝てばロト寮が逆転優勝だ。
「はい!」
全学生と教師が注目する中、ロト寮の寮長ナディア、ビオラ、ルスランとリザンが舞台に立った。相手は魔法陣学の権威、ナナク教授だ。
「では行くよ」
教授が杖で魔法陣を描く。それを目で追ううちに、リザンの顔が青ざめた。
「特大のが来る!」
反射的に後退したが、まったく意味をなさなかった。魔法陣から大量の水が流れてきて、ものの数秒で舞台は巨大な水柱に包まれたのだ。観客席の前列にいた学生も、思わず上方へ逃げ出すほどだ。
何という魔力量だろうか。笑うしかない。
「はは……、ありがとルスラン」
ルスランに抱えられ、リザンは宙に浮いていた。ナディアとビオラも自力で浮いている。だが浮遊魔法は魔力消費量が多く、長引くほどこちらが不利になる。
「任せなさい」
ナディアの手に氷の槍が出現する。『氷の女王』の異名を持つ、ロト寮長の魔法だ。大気中の水から一瞬で作り上げた氷の槍を、水瓶のような水柱へと投擲する。槍が沈むと、内側から一瞬で凍りついて氷柱に変わってしまった。
客席から大歓声が沸く。巨大な氷の大地へと下りて、冷たさに本当に凍っているのだと驚く。跳んでみても氷はびくともしない。
「ナディアさん、すごい!」
「気をつけて! 来るわよ」
身構えたナディアの背後から、下から氷を突き破った水が渦の腕となって襲いかかる。
「練習通りに、リザンは魔法陣の解析を。私とビオラで魔法に対処。ルスランはリザンを援護して」
「了解!」
とはいうものの、落ち着いて考えるのは困難だった。次々に襲いかかってくる渦の腕にじっとしているわけにはいかず、氷が割れて足元も危うい。ナディアが都度氷を修復するが、とても追いついていない。
「これじゃこっちの消耗の方が早い。時間も結構経ってるぞ!」
ルスランが叫ぶと、ビオラが反応した。
「あたしの炎魔法で蒸発させてみようか?」
「いや、これをやるには君の魔力を全部使い切らないと無理だ。途中で失敗したら取り返しがつかない」
「じゃあどうする!」
「リザン、魔法スナイパー戦の時みたいに反転させられないか?」
「魔法が大きすぎるよ。俺の魔力量じゃとても無理だ」
魔法そのものを反転させての無効化は難しい。だが他の手で無効化することはできないだろうか?
魔法を消す必要はない。この水さえなくせればいいのだ。水を移動させられれば……。
「ナディアさん! 転移魔法は使える?」
「転移? 私は使えないけれど。ルスランができるんじゃない?」
ルスランが頷く。
「ほんのちょっとの距離だけどな。もしかして、この水を転移させようとか考えてる?」
「そうだよ」
「それこそ俺の魔力量じゃ無理だよ」
「大丈夫。教授の魔法陣を使わせてもらうから、魔力量はそんなに要らない」
リザンの言うことが理解できない三人は顔を見合わせる。構わずリザンは早口で続けた。
「ルスラン。転移させる時はどういう概念で魔法を使うの?」
「そ、そうだな、対象を空気に溶かす感じかな。それから転移先では、地に足をつけさせるよう想像してる」
「空気に溶かすか。さすが。わかりやすいね」
開始時に一度だけ見た教授の魔法陣は暗記している。それに書き加える形で、リザンの頭の中で魔法陣が組み上がっていく。
「教授の魔法陣の近くまで行く。俺が魔法陣を継ぎ足すから、そこにルスランは転移魔法をねじ込んで」
「魔法陣を継ぎ足す? ねじ込むって、なんだそれ⁈」
「言葉で説明してる時間はない。俺と自分を信じてやって!」
力強く言い切るリザンに、全員が頷く。残り時間は二分。
「じゃあ私とビオラがその間、二人を守るわね。行くわよ!」
全員でナナク教授へ向かって走る。
「前方!」
ナディアの警告と同時に、三本の渦の腕が行く手を塞ぐ。ビオラがリフ先生直伝の炎魔法で二本を蒸発させ、残る一本をナディアが氷の壁で防ぐ。
「今だ、行くぞ!」
二人が作った隙に、ルスランがリザンを先導して一気に前進する。足元の氷が割れかけるが、ナディアが即座に凍らせて道を作る。渦の腕が急に横から現れて、リザンが転びそうになった。
「つかまって!」
ビオラが手を引いて助けてくれる。ルスランが前方から襲ってきた渦を蹴り飛ばす。
「見えたぞ! 教授だ」
リザンが杖を取り出す。大量の水を空気に溶かし込むには、魔法スナイパー戦で使用した『流動』では弱い。もっと細かく、深く分解させなければならない。
——想像しろ。概念を魔法陣に変換しろ。大魔法使いアマルナが描いた天井画のように、世界を組み立てろ。
そうすれば見たことのない魔法陣だって紡ぎだせるはずだ。
「概念は『溶解』。そして「門」ルーンで転移の道を開く。中心部には外からの魔力を受け容れる『虹彩』を展開。「安定」と「調和」のサブルーンで均等な魔力の流れを作る」
目にも止まらぬ速さで魔法陣が描かれていく。ナナク教授が、カヴィルが、場内の全員が固唾を呑んで見守る。
「縦画を強化した『架橋』で教授の魔法陣と接続。いいよ!」
リザンの魔法陣が発光した瞬間、ビオラが極大の炎を放ち、氷を一気に溶かす。溢れ出した膨大な水を、ナディアが氷の壁で制御し、魔法陣へと導く。そしてルスランが転移魔法を発動させた。
水柱が渦を巻きながら魔法陣へと吸い込まれ、巨大な排水溝のようにあっという間に消し去る。
客席の上からは、転移させられた水が隣の校庭に排出されているのが見えたのだろう。「うおぉ!」と驚嘆の声が上がる。
浮遊している四人も顔を見合わせて頷き合った。四人の魔法が一つに繋がったのだ。
「お見事。私の負けだ」
教授が四人を見上げて告げる。その瞬間、場内は割れるような歓声に包まれた。
「やったぁ! 優勝よ!」
リザンを抱えているのはナディアだ。ギュッとされ、ふわふわで甘くいい匂いがして、それはもう天にも昇る心地だった。
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