3 初めてのー③
「歪みの根本原因は、第二層と第三層の接続部です」
教室がざわめいた。「接続部?」「『架橋』? あれのどこが?」と、多くの学生が首をかしげる。
「詳しく説明を」
ナナク教授に促され、リザンは黒板に近づくとチョークを手に取った。
「この魔法陣は三つの主要概念で構成されています。第一層は『生成』、第二層は『循環』、第三層は『維持』。重要なのは第二層が四大元素による『構成』ではなく、五行を用いた『循環』だということです」
五行という言葉に、何だそれ、という顔をする学生もいた。
リザンは流れるような手つきで、魔法陣の上に補助線を引いていく。
「第二層が『構成』であればこのままでも十分ですが、『循環』にはより安定した道が必要です。第二層からの流れが不十分な結果、魔力は第三層での着地点が見いだせず、出力不足になっている。これがこの魔法陣の問題であり、第三層の歪みという結果で現れています」
教室が静まりかえった。ナナクは大きく頷いている。
「では、修正方法は?」
「『架橋』の縦画を二本追加して強化し、同時に第二層との接続部に「調和」と、第三層との接続部に「安定」のサブルーンを追加します。これで循環が『架橋』へと流れ、第三層の出力が回復します」
リザンは迷いなく、チョークで的確な修正を加えていく。修正が終わると、魔法陣全体が淡く光り始めた。そして黒板から、金色の小鳥が飛び出す。わあっと歓声の上がる教室を一周し、リザンの肩へちょこんと止まった小鳥は、歌うように鳴いた。
それから自然と、教室中から拍手が湧いたのだ。教授も拍手で「素晴らしい分析力と観察眼だ」と褒め称えた。
小鳥が消えて席に戻ると、カヴィルがちょっと悔しそうな顔をしている。
「おれもサブルーンを追加するのは分かったけど、『架橋』の縦画が足りないのは見えなかったな。どうやって分かった?」
「どうって、見て頭の中で組み立てて分かっただけだよ」
「ふぅん。やっぱりリザンは特別な目を持ってるのかな」
その言葉に、冷たい手で内臓を掴まれた気持ちになる。
魔法が使えるからって、オレたちのことバカにしてんだろ。
どうせ魔法でやったんだ。いいよな、魔法使いは楽できて。
変な力があるんだってさ。気持ち悪い。
忘れもしない。散々言われてきた。頭の中で声がわんわん鳴って、視界が暗くなる。教室中から異物だという敵意を向けられている気がした。
だがカヴィルは悔しさを引っ込め、右にえくぼを作って笑ったのだ。
「リザンの目って普段は琥珀色だけど、集中状態に入ると金色に光るんだよ。すごく綺麗でさ、さっきも隣で見とれちゃったよ。あ、自分じゃ気付いてないだろうけど」
「……何それ」
それは今までの経験とはあまりにかけ離れた言葉と顔だった。視界が明るくなり、授業が終わっていたと知る。
「おれも負けず嫌いだからさ。次は負けないよ」
ぽんと肩を叩かれる。去っていくカヴィルの背に、今までにない感情が湧き起こるのを感じて、気づけばリザンは笑っていた。
「うん。俺だって」
立ち上がろうとすると、黒いローブが目の前に現れる。
「リザン」
顔を上げると、ナナク教授が目の前に立っていた。真っすぐな長い灰色の髪と黒々とした精悍な瞳は、物言わずして威厳があり、思わず背筋が伸びる。
「先程の古代魔法陣を、君はどう思ったかな」
「は……、それは、」
「正直に言ってくれて構わん。ここにはもう私と君しかいない」
教室内は静寂そのものだ。まるで切り離された空間のようだった。
「完全な無から有機物を生み出す魔法があるとは思いませんでした。古代ではそのような魔法が完成されていたのですか」
現代の魔法で生成できるのは、炎や水や風といった無機物が限界だ。浮遊魔法や幻術魔法では人や生物を対象にできるが、大量の魔力を消費したり、緻密で複雑な魔力操作が必要で、単純にはいかない。
「そうだ。古代には現代では失われた、回復・治癒魔法があった。どころか死者を蘇らせたり、人体を生成しようとした形跡もある」
「それは……魔法倫理に反する禁術では」
「もちろん。だから私の魔法も、小鳥が教室を一周してひと声鳴き、跡形もなく消えるだけだ。だが見てみたいとは思わないかね。誰でも至れるわけではない、その領域を」
教授の声が、リザンを誘惑と恐れという二重の意味で縛りつけた。
故郷にいた頃のリザンにとって、学校の勉強は瞬時に理解できてしまう、面白くないものだった。息子の知能の高さを親は理解できなかったし、気付いた教師が上級の問題を与えてくれることもあったが、寂れた田舎の学校ではたかが知れている。
だからずっと憧れていた。ずっと求めていた。リザンをより高みへ至らせてくれる世界を。共に語り合える人を。互いに切磋琢磨する存在を。
だが一方で、そういう特別な存在にはなりたくないと思うリザンもいるのだ。知能の高さに加え、突然変異で生まれた魔法使いという、望んだわけではない飾りがリザンを苦しめた。
魔法など使えず、平凡な能力に生まれていたらどんなに良かっただろう。他の兄弟と同じように、親からも普通に愛してもらえたのではないだろうか。ずっとそう思ってきた。
リザンの表情に、教授は少し目元を和らげる。
「興味があれば、いつでも私の部屋に来なさい。時間を取らせたね。次の授業が始まるぞ」
「あ、はい」
リザンはぺこりと頭を下げ、荷物をまとめて教室を後にする。早くなった鼓動が、いつまでも鳴り止まなかった。
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