第3話 恋と異世界

 笑顔がまぶしい。

 緊張していた胸の奥がふっと軽くなる。


 「えっと……これから一緒に住むんだよね?」

 「うん! 一応、私がこの家を借りてて、大和くんは今日からシェア相手って感じ!」


 テンポよく弾む声は、小鳥のさえずりみたいに軽やかで、耳に心地いい。


 部屋に案内されると、木の香りがふわっと広がる。

 「荷物はこの部屋に置いていいよ! ……あっ!」


 勢いよく振り返った姫野さんの足が、段ボールの角にぶつかる。


 「いたっ……!」

 「だ、大丈夫!?」

 「うんっ。ちょっとドジしちゃっただけだから」


 あまりの可愛らしさに、思わず心の中で呟いてしまった。

(……可愛いな……)


 荷物を整理し終え、自分の部屋が完成する。

 以前の部屋とほぼ同じ広さで、配置もほとんど変わらない。

 変わり映えしないけれど、この方が集中しやすいのは間違いない。


 リビングに足を運ぶと、姫野さんはテレビに釘付けになっていた。

 画面には、今話題のアニメが映っている。


 「姫野さん、アニメとか観るんだ!」

 「え? あー……うん。実は……」


 恥ずかしそうに視線を逸らしながら答えるその仕草に、思わず笑みがこぼれる。

 まさか、こんなオタクの一面があるなんて……ちょっと得した気分だ。


 小腹が減ったので冷蔵庫を開けてみると、


 「何も、無い……。」


 その中身は空っぽだった。


 「姫野さん、ちょっとスーパーにいってくる」

 「えー! 私も行く!」


 ということで2人でスーパーに買い物に行くことになった。


 これって、デートみたいじゃね? とか思っていると、いつの間にかスーパーについていた。


 スーパーのカゴを持ちながら、姫野さんの後ろを歩く。

 「これ、どうかな……?」

 姫野さんがカゴに入れた野菜を見て、ついアドバイスする。

 「トマトは少し熟してる方が甘みが出るから、こっちの方がいいかも」


 小さく「なるほど!」と姫野さんが頷く。

 一緒に買い物しているだけで、なんだか楽しい。

 この距離感、悪くないな……。


 家に戻ると、さっそくキッチンに立つ。

 「さて……オムライス、作るぞ」


 手際よく野菜を切り、卵を溶き、フライパンに流し込む。

ジュッという音と、卵の甘い香りがキッチンに広がる。


 姫野さんはリビングからちらちら見ていて、時折「わぁ!」とか「すごい!」と声を漏らす。

 少し照れるけど、素直に嬉しい。


 「できた!」


 盛り付けてテーブルに置くと、姫野さんの目がキラキラ輝く。


 「わぁ……大和くん、すごい! めっちゃ美味しそう!」


 その笑顔を見て、心臓がちょっと跳ねる。


 「……喜んでもらえると、作った甲斐があるな」


 恥ずかしさを隠して笑いながらフォークを差し出す姫野さん。


 「ん……! なにこれ、大和くん、めっちゃ上手じゃん!」


口いっぱいに頬張る姫野さん。

(喜んでくれてる……!)

思わず胸の奥がじんわり温かくなる。


 本当に驚いた声で、口いっぱいに頬張る。


 「味も絶妙……卵ふわふわ、ケチャップも甘くて、野菜もシャキシャキ!」


 「そ、そんなに褒められると……ちょっと照れるな」

 少し照れた声で答えると、姫野さんは満足そうに笑う。


 食卓を囲んで二人で食べる時間。

 こうやって、何気ない瞬間を一緒に過ごすだけで、自然に距離が近づいていく。

 ――今日から始まる同居生活、悪くないかもな、と思った。


 食事を終え、リビングで少しだけゆったりする時間が訪れた。

 姫野さんはテレビの前で座り直し、俺はソファに体を沈める。


 俺はスマホを触り、姫野さんはアニメを見る。

 この時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか夜になっていた。


 「お腹空いてる?」


 つい小さくつぶやくと、姫野さんがにこっと笑う。


「あまり空いてないかも」

「だよね、夜ご飯食べたかったら各自で用意する感じでいいかな?」

「うん! いいよ!」


 その言葉に、姫野さんは軽く頷き、静かに自分の世界へ戻っていった。

 リビングには静かな空気が流れる。


 「眠たいから自分の部屋行くね」

 「うん、おやすみ。明日は入学式だから寝坊しないようにね」

 「ありがと! おやすみ」


 俺は自室にたどり着くと、ベッドに体を預け、まぶたを閉じる。

 体がふわりと軽くなり、意識がどんどん遠くへ吸い込まれていくようだ。


(……あの世界に……また、行けるかな……)


 目を閉じた瞬間、空気が微かに震える。

 心臓が高鳴り、まるで呼吸まで引きずられるような感覚。

 体の奥から、あの懐かしい感覚が湧き上がる。


 ――風の匂い。草の匂い。

 ――剣と魔法がぶつかり合う、緊張感のあるあの戦場。


 目を開けると、そこはもう――


 緑が広がる大地。

 遠くにはあの森が見え、空は澄み渡っている。

 手に握る感覚も、足元の土の感触も、現実のものとはまるで違った。


 「……来ちゃった」

 思わず声が漏れる。けれど、胸はワクワクでいっぱいだった。


 「やっと起きたか」

 

 声のする方へ顔を向けると、龍雷が腕を組んで木に寄りかかっている。


 「あぁ龍雷、さっきはありがとう」

  

 そう言うと、龍雷が首を傾げた


 「なんで、俺の名前知ってるんだ?」


 龍雷は警戒体制に入る。

 その威圧感は言葉では表せられない。


 「ま、待て! 別に怪しいものじゃない!」

 「じゃあ何故俺の名前を知ってる!」


 この物語を作った人だと言っても、龍雷からしたら意味がわからないだろう。

 言い訳のしようが、無い。


 「……。」


 龍雷が一点を見つめ、固まっている。

 と思ったら、


 「やっぱ悪い奴じゃないな。が言ってる」


 師匠……。

 龍雷の脳内に住み着くこの世界の勇者のことだろう。

 

 「師匠?」

 思わず聞き返すと、龍雷は少しだけ目線を落とした。


 「俺の中にいるんだ。……“あの人”の声が」


 そう呟くように言いながら、胸元を軽く押さえる。

 「さっきも言った。『その人間は敵じゃない』ってな」


 (……まさか、設定の中の存在が……本当に“生きてる”ってのか?)

 頭の中がぐるぐるする。

 自分が書いた物語の登場人物が、目の前で息をしている。

 それがどれほど異常なことか、理解できないまま心臓だけが早鐘を打っていた。


 龍雷を最強たらしめた存在。

 この世界の英雄――『勇者サンドラ』。

 彼の声が、龍雷の中に宿っている。


 「まぁ敵じゃないならいいか!」

 龍雷は警戒体制を解き、急に笑顔を浮かべた。

 「お前の名前は?」


 「……西園寺大和」


 「大和!? 日本人なのか!?」

 龍雷の目が見開かれる。


 「ああ、そうだ。でも気づいたらここにいた。気づいたら……」


 龍雷は一瞬驚いたあと、ふっと笑みを漏らした。

 「おおっ! やっぱりそうか! 俺も日本出身なんだ! もう十五年も前の話だけどな!」


 「十五年……?」


 これ以上は龍雷のことは何も知らないフリをしよう。

 余計な問題は避けたい。


 「おう! 向こうで死んでこっちに来た!」


 まるで太陽みたいな笑顔。

 先ほどまでの鋭い威圧感はどこへやら、目の前の龍雷は純粋な少年のように無邪気だ。


 「友達になろう、大和! 日本の話、いっぱい聞かせてくれ!」


 そう言って差し出された手は、温かかった。

 思わずその手を握り返す。


 「……ああ、こちらこそ。よろしくな、龍雷」


 その瞬間、胸の奥に小さな確信が灯った。

 ――この出会いが、ただの偶然ではない。

 そう、物語は今、俺の手を離れて動き始めたのだ。



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