第4話 高校入学
朝日が窓から差し込み、カーテン越しに部屋を淡く染めている。
光がふわりと体に当たり、まだ眠い目をこすりながらも、心地よい温かさが胸に広がった。
「おーい、大和くん、起きてる?」
階下から届く姫野さんの声に、思わず目を開ける。
光に照らされた部屋の景色が、いつもより眩しく、世界が少し輝いて見える。
その声は朝の空気に溶けて、柔らかく、甘く響く。
(……姫野さん……もう起きてるのか……)
布団の中で顔が自然に赤くなる。昨日の買い物やオムライスの思い出が、まだ胸をぽかぽかさせる。
「……おはよう……」
小声で返すと、下からくすっと笑う声が返ってきた。
階段を降りる足音とともに、朝日が床に差し込む。光の筋が、木漏れ日のように部屋を満たす。
窓の外では、木々の葉が朝日にきらめき、小鳥が楽しげにさえずる。
その自然の輝きに重なる姫野さんの笑顔。柔らかくて、ほんのり眠そうな瞳に、胸がじんわりと温かくなる。
「おはよう、大和くん! 朝だよー」
寝癖のついた髪、ほんのり赤い頬、そしてふわりとしたルームウェア。
朝の光に照らされた姫野さんは、昨日よりも一層美しく見えた。
(……朝からこんなに可愛いって、反則だ……)
「起きた? 一緒に朝ごはん食べよ?」
その声に誘われ、階段を駆け下りる。
異世界の冒険の興奮とは違う、現実の穏やかな朝の輝きが、胸にじんわりと染み渡る。
食卓には、味噌汁とおにぎりが2人分並んでいた。ふと、実家での朝の光景を思い出す。
「朝ごはん作ってくれたんだ! ありがとう!」
姫野さんはちょっと照れたように微笑む。
「うん、起きてすぐに大和くんに食べてもらいたくて……」
おいおい! 可愛くて料理もできるとか、もう最高すぎるだろ!
その場で軽く胸が熱くなるのを感じながら、俺は箸を手に取る。
「うーん! 美味い!」
何処か懐かしさを感じる味付け。
出汁の香りがふわりと広がって、体の奥まで温まっていく。
姫野さんが、少し誇らしげに笑った。
「よかった……! 塩加減、けっこう迷ったんだよ?」
そんな何気ない言葉さえ、心を穏やかにしてくれる。
窓の外では朝日が少しずつ角度を変え、畳に金色の模様を描いていた。
湯気の向こうで、姫野さんの笑顔がきらめいて見える。
(ああ……異世界の戦いよりも、こんな朝のほうがずっと幸せかもしれない)
食べ終わったあと、姫野さんが皿を片づけに行く。
流しに立つ横顔は、湯気の向こうで少し霞んで見えた。
窓から差し込む朝の光が、彼女の髪に触れ、淡く金色を帯びている。
水の音と、彼女の小さな鼻歌が、静かな朝を優しく染めていた。
二人で片付けを終え、それぞれの準備に入る。
今日は高校の入学式なので、しっかりと身だしなみを整える。
「――お待たせ、大和くん!」
振り返った彼女を見た瞬間、息が止まった。
そこに立っていたのは、制服姿の姫野さん。
白いブラウスに朝の光が透け、スカートの群青が風に揺れる。
襟元にかかる髪がきらめいて、まるで陽だまりが形を取ったみたいだった。
頬はうっすらと桜色で、瞳の奥には朝空の青が映り込んでいる。
その光景があまりにも眩しくて、言葉が出てこなかった。
「……すごく、似合ってるよ」
やっと絞り出した声に、姫野さんは少し目を伏せて笑った。
「ありがとう。でも、そんなに見つめられると……恥ずかしいよ?」
笑った瞬間、世界が一度、静かになった気がした。
光も風も音も、全部、彼女を中心に回っている。
まるで現実のはずなのに――夢の中にいるみたいだった。
家を出ると、春の風がやわらかく頬を撫でた。
桜の花びらがふわりと舞う通学路。隣には、朝日に包まれた姫野さんがいた。
制服姿の彼女は、昨日よりもずっと綺麗に見えた。
流れるような黒髪が風に揺れ、白い肌に光が差す。
その横顔を見ていると、胸の鼓動が少し早くなる。
(……やばい、朝から目のやり場に困る……)
俺――西園寺大和は、一応身長も高くて、顔も悪くはないらしい。
でも人と話すのがあまり得意じゃない。
目立つのが苦手で、どちらかと言えば静かに過ごしたいタイプだ。
校門が見えてくる。
すでに集まっていた生徒たちが、ちらちらとこちらを見ているのがわかる。
「ねぇ、あの二人新入生かな?」
「すごい、モデルみたい……」
……あー、まただ。
こういうの、苦手なんだよな。
ただ横を歩いてるだけなのに、なんでこんなに注目されるんだ。
「ね、大和くん?」
姫野さんがふっと笑う。
「なんか、見られてる気がするね」
「そ、そうだね……姫野さんが目立つから……」
慌てて視線を逸らす。
ほんの少し頬が熱くなってるのが、自分でもわかった。
「ふふっ、そうかな?」
彼女の笑顔は、まるで朝の光をそのまま形にしたみたいだった。
(……やっぱ、反則だろこれ)
校舎の前には、クラス分けの掲示板を囲む生徒たちの輪ができていた。
ざわめきと笑い声が入り混じり、春の空気が少しだけ甘く感じる。
「人多いね……」
姫野さんが少し背伸びをしながら言う。
その仕草が、なんだか小動物みたいで可愛い。
「ちょっと見てくるよ」
俺は人混みをかき分けて、掲示板の前まで進む。
――1年B組 西園寺大和。
(……あった)
胸の奥が少し高鳴る。新しい生活が、いよいよ始まる。
その少し下に、見覚えのある名前が目に留まった。
――姫野いろは。
「……えっ」
思わず声が漏れる。
人混みの中から、姫野さんが顔をのぞかせた。
「どうだった?」
「同じクラス、だよ」
「えっ、本当!?」
ぱっと顔を輝かせる姫野さん。
その笑顔に、周りのざわめきも一瞬でかき消されたような気がした。
「やったぁ! なんか嬉しい!」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめて、子どもみたいにはしゃぐ。
その姿を見ていると、自然と口元が緩んだ。
(同じクラス……か。なんか、運命ってあるんだな)
周りでは、あちこちで再会や歓声の声が上がっている。
けれど俺の世界は、姫野さんの笑顔だけでいっぱいだった。
体育館の中には、春の光が差し込んでいた。
新しい制服の香りと、緊張した空気。
心臓の鼓動が、式のBGMよりも大きく感じる。
「新入生代表、姫野いろはさん」
司会の声が響いた瞬間、思わず顔を上げた。
(……姫野さん!?)
ゆっくりと壇上へ歩み出る姫野さんの姿。
真新しい制服に包まれたその姿は、どこか神聖で、
その笑顔には凛とした強さが宿っていた。
マイクの前に立ち、少し息を整える。
そして、澄んだ声が体育館いっぱいに広がった。
「私たちは今日、新しい一歩を踏み出します――」
その瞬間、ざわめきも息遣いも消えて、
彼女の言葉だけが、まっすぐ胸の奥に届いてくる。
まるで光そのものが言葉になっているみたいだった。
(……やっぱり、すごい人だ)
そう思った瞬間、少しだけ遠くに感じてしまった。
同じ屋根の下で暮らしているのに、
まるで違う世界に立っているような――そんな錯覚。
式が終わり、クラスに戻ると、
姫野さんの周りにはすぐに人だかりができていた。
「すごかったね!」「代表ってかっこいい!」
誰もが笑顔で声をかける。
彼女はその一人ひとりに丁寧に笑顔を返していた。
気取らず、自然で、誰からも好かれる理由が分かる気がした。
一方の俺も、なぜか少し注目を集めていた。
「ねぇねぇ、背高くない?」「転校生っぽい雰囲気ある!」
なんて言葉が飛んできて、
内心ではどう反応していいか分からず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
(……こういうの、やっぱり慣れないな)
放課後、ようやく人の波が落ち着いた頃、
廊下の端で姫野さんと目が合った。
「……大和くん、ちょっと帰らない?」
その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
二人で校門を抜けると、夕方の風が頬を撫でた。
背後からはまだ、新しい友達同士の笑い声が聞こえる。
「疲れたね……」
姫野さんが小さく息をつく。
「うん。でも、姫野さん……すごかったよ」
「えっ、そう? 緊張で手震えてたんだよ〜」
と照れ笑いするその顔に、思わず笑みがこぼれる。
(やっぱり、あの壇上にいた“代表”じゃなくて、
俺が知ってる“姫野さん”の方が、ずっといいな)
夕陽に染まる帰り道。
制服の袖が時々触れ合うたびに、
胸の鼓動がほんの少しずつ、速くなっていった。
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