外見は冷徹、内心は尊死!? ギャップ全開の侯爵夫人、ざまぁも愛も母印です!

蒼月 柚希

第1話 冤罪と逃亡

 私は執務室にて、静かに魔道具を覗いていた。

 そこに写るのは王城での、舞踏会の映像。

 とあるド派手な衣装の令嬢が自らドレスの裾を踏み、階段から派手に転げ落ちていった。

 床に転げ落ちた令嬢は、壁際にいた質素な服装の女性を指さし、泣き叫ぶ。


『お姉様に押されましたの~!』


 と。

 会場にいた貴族たちが、一斉にざわめいた。

 第二王子は、すぐさまド派手な令嬢の元へと駆け寄り慰める。

 それから事実確認もせず、親の敵とでも言いたそうな表情で、地味な令嬢めがけて罵声を浴びせた。


「この陰険陰湿女には、もううんざりだ!直ちに牢にぶち込んでおけ!」


 と。


「……愚かしい。」


 無意識に独り言をつぶやいた。

 映像に映る廷臣たちは、誰一人真実を見ようとせず、王子に同調して質素な女性を責め立てる。


「こんなのが婚約者だとか、あり得ない!破棄だ!破棄!」


 ――まるで腐敗を凝縮したかのような光景。


 だが、その中でただ一人、質素な女性を背にかばい、真っ向から対立する少年がいた。


『殿下、エリーゼ伯爵令嬢は無実です。』


『はあ?おまえは何を見ている!俺が犯人だと言えば、そいつは犯人なんだよ!』


『これだけ離れた距離で、彼女がどうやって背中を押すんですか?』


『……』


 激高する王子に対し、あくまでも無表情に冷静に対応する少年。

 だが、王子は彼の言葉に、全く耳を傾ける気はないらしい。

 それどころか衛兵を呼んで、質素な女性共々取り押さえようとしていた。


『私が命を懸けても、貴女をお守りいたします!』


 少年は、その彫刻のように美しい表情を変えることなく、令嬢に向けて言い放った。

 ギロリと王子へ視線を向ければ、彼は怯えたように後ずさる。


『失礼!』


 少年は小さな声でそう言うと、怯えて震える彼女に近づき、すぐさまお姫様抱っこをする。

 それから、取り押さえようとやってくる衛兵たちを華麗に交わしていく少年。

 気がつけば、すでに舞踏会会場からは、姿を消していた。

 後に残されたのは、呆ける傍観者たちと、衛兵につばを飛ばしながら指示を出す王子、そして何やら悔しそうにハンカチの裾をかんでいる、ド派手な令嬢であった。


「茶番ね……。」


 私は魔道具を見つめたまま、静かに瞼を閉じた。


「……あの子らしい。」


 冷ややかに言葉を落とす。

 表情には一切の揺らぎはない。

 ただ。

 ほんのわずかに、口角が上がってしまっていることに気がつかないまま……。



 数刻後、邸の門が開く音がした。

 急ぎ駆けつけると、あの質素な令嬢がうつむいて立っていた。

 その隣では、美しき銀髪の少年が、自分の上着を着せた令嬢の肩を抱きつつも、やってきた家令に指示を出している。


『頼もしい子ですこと。まったく、誰に似たのかしら?』


 私は毅然と姿勢を正し、切れ長の瞳で二人を射抜く。


「何事です。」


 この屋敷の女主らしく、取り乱すことなく冷静に、切れ長の瞳で令嬢を見据える。


「ファザードが女性を連れて帰るなんて。――どちらの泥棒猫ちゃんかしら?」


 広間は水を打ったように静まり返った。

 家臣たちは息を呑み、こちらを伺うような目を向けている。

 令嬢はただうつむいたまま、その場でブルブルと震えていた。

 そんな中。

 ファザードが、まっすぐに私を見る。


「母上!こちらの令嬢は、私の客人です!言葉をお慎みください!」


 と。

 いつもは無言の息子が反論したことに対し、一瞬だけ、口元が緩んだ。


 ……大丈夫、扇で私の口元は隠れているし。


 「コホン……。」


 短い咳払いをし、私は表情を変えることなく命じた。


「詳しい事情は、のちに聞きましょう。まずは客人に休息を。早く温かい湯に浸からせて差し上げなさい。」


 と。

 すると私の一言で、家臣たちが慌ただしく動き出す。

 私は振り返らずに、その場を後にした……。




 たどり着いた先は、私専用の執務室。

 後ろ手に扉を閉め、鍵をかけると、すぐに机へと向かう。

 机の上には、小さな蜂の形をした魔道具が、ちょこんと座っていた。


「……ルンルン、今日もいい子ね。」


 羽を震わせるそれは、私の相棒――〈見守ルンルン〉。

 長年の研究で作り上げた、私の誇りのひとつ。

 誰にも気づかれず、目に映るすべてを映し、音を拾ってくれる。

 その映像は、大型の<母の愛の水鏡>へ転送され、記録も可能。


「ふふ、“母の愛”って便利で尊いものですわね。」


 そう呟いて、小さな羽をそっと撫でる。


「……ちゃんと記録できていますの?」


 ブゥン(ぬかりはねぇ!姐さんの指示は命より重ぇ!)と、可愛らしい羽音が返る。

 思わず頬がゆるみかけ――慌てて咳払い。


「……当然ですわ。侯爵夫人たるもの、抜かりなどあるはずがありません!」


 窓を開けて、ルンルンを放つ。


「さあ、あの二人の様子を、母に報告なさい。」


 ブゥン!(合点承知の助!若旦那の恋路、きっちり見張ってきやすぜ!)

 小さな羽音を残して、ルンルンは暗闇の中に溶けていく。

 私は微笑みをこぼしながら、水鏡の前に歩み寄った。


 部屋にはエリーゼ伯爵令嬢が、ソファーの隅にちょこんと座っている。


『コンコン……。』


 ドアのノックと共に、令嬢の両肩が、ビクリ!と大きく波打つ。

 部屋に入ってきたのは、ティーセットを持ったファザードであった。


『母がすまない。普段、女性に縁のない私が突然貴女を連れて来たので、驚かれたのだと思う。』


『いえ、私こそ申し訳ございません。』


『まずは、暖まるといい。』


 湯気の立つ紅茶をティーカップに注いで、彼女の前に差し出した。


『ありがとうございます……。』


 彼女は、消え入りそうなか細い声でそう言うと、紅茶を一口含んだ。

 第二王子の元婚約者だけあって、見た目も所作もとても美しいご令嬢である。


『美味しい……。』


 彼女の表情が少しだけ、緩んだのが見て分かった。

 

『今日はゆっくり休むといい。その前に、お腹はすいていないだろうか?会場では何も口にしていなかったように、見受けられたのだが?』


 『ご心配くださりありがとうございます。それよりも、私なんかを匿ったら、ベルシュタイン侯爵家にご迷惑がかかるのでは?』


 瞳を揺らしながら、息子に問いかける。

 とても儚げで、全てを諦めているような、そんな表情をしていた。


『問題ない。貴女も私も、悪いことは何一つしていないのだから。』

 

 『でもきっと、リュシエル様や、私の両親が……。』


 そう言って立ち上がる彼女の手に、息子は優しく自分の手を重ねると。


『貴女が心配することは何もない。それよりも疲れているのだろう。今日はゆっくり休むといい。』


 そう言って、彼女にソファーへ座るように促した。


『頼れる人がおらず、甘えてしまって……。申し訳ございません。』


『我が家へ、勝手に連れてきたのは私だ。君は大切な客人だ。何も気に病むことはない。湯浴みが済んだら、軽く何かを食べるといい、用意をさせておくから。』


 気がつけば、ドアのすぐそばにメイドが控えていた。

 どうやら湯浴みの準備ができたらしい。


 息子は、メイドに目配せをすると、そのまま部屋の外へと行ってしまった。


「……これは、いろいろと調べる必要がありそうですわね。」


 舞踏会でのあの扱いといい、今の会話といい……。

 元々、リュシエル第二王子は、あまり賢くないともっぱらの噂だ。

 取り巻きのヨイショで、勘違いしている節がある。

 王都ではやりのドレスや、きらびやかな宝石で身を固めている妹も、おかしい。

 姉であるエリーゼ嬢は、宝石一つ身につけてはいない。

 それに身につけているドレスも、とても質素で伯爵令嬢とは思えないものである。

 

「さあ、ルンルンたち、お仕事ですわよ。」


 そして目の前に、大量のルンルンを置き、それぞれに指示を出していく。

 ルンルンたちは、ブゥン(へいへい、任せときな!お仕事だお仕事!)、とかわいらしい羽音を立てると、静かに窓から飛び去っていった。


「おや、仕事ですか?」


 気がつけば、すぐ後ろに息子とよく似た、長身の美しい青年が立っていた。


「お、お帰りなさいませ旦那様。申し訳ございません。気がつきませんでしたわ。」


「かまいませんよ、客人の件でしょう?いろいろと伺いましたよ。」


 そう言うと、旦那様はいつも通り、私の額に軽く唇を当てた。


「相変わらず、お耳のよろしいこと。」


「かわいい私たちの息子のことですからね。でも今は、私にかまってほしいのですが。」


 そう言って、旦那様は私をお姫様抱っこした。


「あとは、明日でもよろしいのでは?」


 彼は耳元にて、艶めいた甘い声でつぶやく。

 そして、彼の腕の中で、長い夜は静かに更けていった。

 

 

 ――本日の22時、侯爵夫人、ついに本領発揮。

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