第2話 山岳部新人はたった一人

小説や漫画ばかり読みふけっていた、いわゆるオタクな私が、

山岳部に入ったのだ。


運動神経もよくなく、アウトドアに興味もなかったのに、

たまたま新入学生のサークル勧誘にビラを渡され、ビビビっと

感じてしまったのである。


自分でもびっくりだが、今思えば、変わりたい、という気持ち、

高校まで暗くて友人もほとんどいなかった時代を誰も知らない所なら

自分を変えられるんではないかという淡い気持ちが、どこかに

あったのだろう。


それが、たまたま山岳部だった。


親からは反対されたが、危険でなければ良いと言われた。

大学には本格的な登山をする山岳部と、ワンダーフォーゲル部があった。


前者は冬山登山もする本格的なサークルであり、

後者は初心者でもなんとかついていける登山をするサークル。


私は何も知らずに、その本格的な山岳部に入部してしまったのである。

(そもそもワンダーフォーゲル部がなんの部活か知らなかった)

私は、なんとなく百名山を登れればいいのかな?ぐらいの気持ちだった。


入部します!と山岳部の扉を開いた時、私は後悔した。

大柄でひげのはやした男性と赤く日焼けした顔にひどく痩せた男性が、

ギロットそた目で私を凝視したからだ。


「あの~、すいません。ここ山岳部ですよね?」


ただせさえ小さな声なのに、震える様なか細い声で聞くと、

大柄の方が野太い声で言った。


「あの、もしかして入部希望の方!?」


「あ、はい」


「まじかよ!本当に!」


今度は日に焼けた痩せた男性が、素っ頓狂な声をあげた。


「あ、はい。まじです。」


変な受け答えをしてしまった。

しかし、もう手遅れである。

ろくに山にも登ったこともない私が山岳部に入ってしまったのでる。

しかも、部員は今、目の前にいる二人と、もう一人。


つまり私を含めた3人だけ。

後悔なんてもんではなかった。

逃げ出したい気持ち。


はやまった!


でも、その時の私は、なぜかその部室に入り、登山は全くの未経験ですが、

よろしくお願いします!と、元気よく答えていた。

これが不思議と言えば不思議なのだが、親も兄弟も驚き、母も


「加奈子(私の名前)、ただし危険な登山はダメだよ。」


と言った。


私も特に大きな目的もなく大学に入り、でもこのままではダメだという気持ちも

あったので、とにかくこの部で頑張ろうと思った。


大学は情報リテラシー学部で、プログラムは得意じゃなかったけど、

ハリーポッターが大好きで原書を読んでたぐらいだったので、そこから

イギリスのことや魔法の世界が好きで、よくネットで調べていたことから、

なんとなくパソコンを使う学部ならどこでもいいやと入ってしまった。


どこかでアウトドアでも頑張ろうという気持ちもあって、自分を変える為に

山岳部に入ったのも、何かの運命だろうと、その時覚悟を決めた。

今思えば、その決断が、最初のきっかけだった。


さっそく新人歓迎コンパが開かれた。


「ここだったかな?」


その歓迎コンパの会場は、大学から歩いて15分くらいの小さな居酒屋だった。


「ようこそ、山岳部へ!我々は君を歓迎する!」


「あ、一応、君はまだ18歳だったね。ジュースで乾杯ね。何がいい?」


掘りごたつになっている仕切りのある場所に男二人に女一人。


「私はオレンジジュースで」


先輩たちは、ビールジョッキを片手に、やさしく私のオレンジジュースのコップに

こつん、こつんとあてて、一気に飲み干した。


「え、加奈子ちゃん、まじで初心者なんだよね?」

ひげの先輩は、大学3年の野口健太郎。


「加奈子ちゃん、ガチで山に行ったことないの?」

日に焼けた先輩は、大学4年の西城八十男。


「え~、山は小学校の時に林間学校で長野の飯盛山くらいかな?はは」


「いやいや、初心者じゃないじゃん!飯盛山いいよ!いいよね!」

「いいよ、いいよ!あそこ登れれば日本全国どこでもOK!]


なんか酔ってるせいか、だんだん先輩たちは大きな声になっていた。

とにかく歓迎されてるし、私一人しかいない新入部員だけど、

なんだか私にはあってるような、あってないような不思議な気分だった。


そんなにイケメンじゃない(失礼!)先輩二人も、私には居心地よかった。

高校ではイケメン気どりの軽い男子か、体育会の男子しか見てこなかったから、

なんかこの二人は、歳の離れた兄に会ってるようで安心した。



そういえば、兄は、むかし、登山好きだったような気がする。

そう、この時思い出したのだ。

兄は、私が幼稚園の時、既に社会人だったんだけど、よく山に登っては、お土産をくれた。


そうか、もしかしたら、無意識の中で、兄の好きだった登山を私もやろうとしてたのか。そんな自分の気持ちに気が付いたのも、今にして思えば、私が変わる第一歩だった。


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