第2話 3大術


「それで――」


 そう言って俺の妹、リリーは改めて言った。


「遅いから心配で来てみれば、これはどういうことですか?」


 だが、今は答えている場合ではない。


「すまんリリー。それはあとで説明するから今はまってくれ」


 そう言って俺は、倒れているクマの元に行く。その近くには子グマがいた。


「…………………」


 クマの反応はない。俺はかがんでキズ口を見る。キズ口周りは濃い紫色が侵食していた。


「やはりな、これじゃもう……」


 俺がそう呟くと子グマは必死に何かを訴えていた。やがて俺のカゴを持ってきて中から薬草を取り出した。

 「たぶん……、これで直せるよね……?」 っと言いたいのだろう。

 心苦しいが……、俺はそれでも子グマに残酷な結果を告げる。


「ごめん。俺も治してあげたいが、毒がまわりすぎて。もう、手遅れなんだ」


 俺の、人間の言葉が動物の子グマに伝わるかはわからない。それでも、なんとなく察したのか子グマは僅かに涙を流す。


 俺はせめてものクマの冷たくなっていた身体を土に埋める。そうしてそこに墓を作った。


「お前の親は勇敢で立派なやつだったよ」


 そう言って俺は子グマの頭を撫でる。

 しばらくして、ずっと放置していたリリーに視線を送る。いつの間にか空が紅い。


「ずいぶん放置してくれちゃって。はぁ、とりあえず兄さん、帰りますよ」


「……そうだな」


 軽く返事をして立ち上がり、カゴを背負う。そうして、リリーと一緒に帰ろうとしたが……。


「ん?」


 足の裾が何かに引っ張られていた。見ると、それは子グマの仕業だった。俺はかがんでなるべく子グマと視線を合わせる。


「どうかしたのか?」


 子グマは何かを訴えているようだった。俺はこいつの親の墓を見る。


「親が目の前でいなくなってこれからは一人で生きていかなくちゃならない、か」


 俺はしばし悩み、やがて子グマの小さな身体を持ち上げてリリーに言った。


「なぁリリー。こいつ、ウチで飼ってもいいか?」


 俺がそう言うと、リリーは「は……?」と声を漏らしてキツイ目で睨む。


「兄さん本気? いつも家で引きこもってなにもしない癖に子育てなんてできるの?」


 確かにリリーの言う通り、俺は本をひたすら家で読んでるだけよ引きこもりだ。だけど……。


「ほら、こいつの目、見てみろよ」


 そう言って子グマを渡す。リリーと子グマの目線が合う。子グマは目で訴えていた。けれどリリーはまだ考えてる様子だった。 


 だが、次の瞬間、子グマは犬のように舌をを出してペロッとリリーの少し汚れがあった所を一舐めした。

 次の瞬間、リリーは驚きで目を見開かせたあと、わなわなと震えだす。


「兄さん……」


「はい」


 この感じ、やっぱだめか?

 俺は、断られると思って少し諦めモードに入っていた。だけど、次の瞬間――。


「なんですかこの子! めちゃくちゃかわいいですぅ! ぜひウチで育てましょう!」


――っとリリーがめっちゃとろけた表情でそう言った。

 俺はそれに少しの安堵と同時に驚く。


「お、おう……。お前がいいなら俺としても助かる」


 そうして、俺とリリー、それから子グマを連れて家に帰るのだった――。


 


 そうして俺達は新たな家族を連れて家に返ってきた。そして、さっそくリリーからの事情聴取となった。


「さて、それじゃあ兄さん。説明してください」


 リリーは俺の対面に座る。子グマをぬいぐるみのように胸元に抱きながら。


「別に大したことじゃねぇよ。その子グマが怪我しててとりあえず応急処置をして、そしたらクマが出てきて、そのあとあの魔物も出てきて〜、って感じ」


「ふざけないでください」


 俺の大雑把な説明に呆れるリリー。

 その時、俺はある重要なことを思い出した。


「そういえばさ」


「なんですか? 兄さん」


「その子グマ、これから一緒じゃん? 名前いるなって思って」


 「話を逸らさないでください」


 リリーからそんなことを言われてしまった。結構重要なことだと思ったんだけどなぁ。


「でも、確かにそうですね……。それなら、『キュー』なんてどう?」


「ほぉ、いいんじゃねぇか? 由来はなんだよ」


「かわいい=キュート。"キュー"です」


「適当だな」


 相変わらずネーミングセンスの欠片もない妹だ。けれど、妹が付けた名前なら俺はそれを反対するつもりはない。


「――って! 話が逸れてます! 兄さんは弱いんですからもっと気を付けてください!」


 思い出したリリーが声量を少し上げて言ってきた。俺は、そんなことを言う妹に言った。


「もしかして……、心配してくれたのか?」


 俺はてっきり『そんなことないでしょう?!』と言われて終わるかと思ったが、リリーからは予想外の言葉が返ってきた。


「当然です。もし兄さんに何かあったらと思うと気が気でありませんでした。案の定、魔物に襲われてたし。兄さんは『弱い』んですからもっと気を付けて!」


 俺は妹が心配がこんなに心配してくれたことに申し訳なさと喜びが入り混じった。

 だけど、それにしても――。


「『弱い』か……」


「そうです! 兄さんは魔術も剣術も全部ダメなんですから!」 


 『魔術』『剣術』『頭脳』

 この世界の理を代表する3つの術。

 すなわち、『3大術』と呼ばれている。

 

 "魔術"はその名の通り魔法を扱う術だ。人間が普通ではありえないような神秘的な現象を引き起こす力。それが魔術と認識されている。他の人間を逸脱した魔力量を持つ妹は並の魔術師を遥かに凌駕している。

 "剣術"は文字通り剣を扱う術である。剣術は魔術には劣るものの、極めれば空気は当然として、炎や水といった魔術、あらゆる概念ゆ斬ることが可能と言われている

 そして、最後に"頭脳"。これはそのままの意味で頭を使う。剣術や魔術に秀でなかった者はこの頭脳の道で己の判断力や知力をフル活用して魔物討伐を支援しているだとか。

 まぁ、この術に関してはそこまで注目されてない分野だが。


 これがこの世界の『3大術』。

 『魔術』『剣術』『頭脳』である。

 

 ちなみに"今"の俺は、この全ての術において平均以下だ。魔術はろくに使えない。剣もろくに使えない。頭脳もこれといって秀でてない。

 これは俺がまだ貴族だったころからの事だが、他の貴族からは落ちこぼれの無能貴族として知られていた。父も別に事実なので俺には見向きもしなかった。グラード家も俺じゃなくて妹に継がせようとしてたみたいだし。


「逆にお前は強すぎるよな。異常なほどに。さっきのだってなんだよあれ。魔術でも使ったのか?」


「まぁ、そんな所ですね」


 ただ、反対に、我が妹リリーことリリアは最強の"剣聖"としてこの世界に名を馳せていた。

 魔力量は常人や貴族の遥か上、魔術も発動できない魔術はないに等しい。

 剣術では、こいつはもう一度言うが『剣聖』と呼ばれるほどの実力を有しており、その実力は人間離れしている。

 頭脳は、正直天才すぎて言うことがない。

 

 こいつのこの才能は、元貴族だった頃から明らかだった。それに加えて、こいつ、圧倒的なビジュアルとしても人気だったので、こいつとの婚約を狙ってグラード家との友好関係を築き繋がりを狙う貴族も多かったほどだ。


 それ全てが成長するにつれて表に際立つようになった。特に剣術においてこいつの右に出るものは今のところは俺は見たことがない。今ではこいつの知名度は『没落した哀れな貴族』から『剣聖』という剣術において最強の認識となっている。もちろんその他の面でも群を抜いているが。


「それにしてもすごいよな。没落貴族という汚名からここまで成り上がっちゃうんだもんな。こんな田舎に住んでいるのにリリア・グラードという名はいまや全世界で知らないやつがいないレベルだぞ。それもこれもお前が王都で活躍しすぎたのが原因なんだがな」


「私なんてまだまだだよ。この村を守ると誓ったのに魔物の被害は絶えないからね」


「気持ちは分かるがそんなにこの村が大事なのか?」


 俺がそう問うとリリーは間髪入れずに答える。


「当たり前。私のなによりも大事な場所だよ此処は。もっと言うと、この村の人達はね。それに誓ったからね、『おばあちゃん』に」


 リリーがここまでこの村を想うのにももちろん理由がある。

 



 

 



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