第三章 第15話 地下

「名古屋駅の地下にこんな場所があるなんて……」

哲郎は思わず口にした。敦子も同様に、目を丸くして周囲を見渡している。

コンクリートの壁に囲まれた通路は、無機質ながらも清潔感があり、天井には控えめな照明が等間隔で並んでいた。

その光が、先導する河合梨音の金髪を淡く照らしている。

「ここが研修を行う場所だよ~」

「そしてこっちが食堂~」

「こっちは訓練するとこ~」

梨音は軽快な口調で施設内を案内していく。

語尾の伸び方と、ギャル風の服装がどうにも場の空気と噛み合わない。

哲郎と敦子は顔を見合わせ、内心で同じ疑問を抱いていた。

──この人が本当に説明してくれるのか?

──大丈夫なのか、この組織……?

不安がじわじわと募っていく。



──数時間前──

マンションの前に、何の変哲もないグレーのミニバンが静かに停車した。

車体は少し古びていたが、清掃は行き届いている。

哲郎のスマートフォンが鳴る。

「はい、田辺です」

「新藤弥生です。お待たせいたしました。マンション前に車でお迎えに来ておりますので、お願い致します」

弥生の声は丁寧で、どこか緊張が滲んでいた。

哲郎と敦子は玄関を出て、車に乗り込む。

「今日はよろしくお願いします」

「そんなに緊張なさらないでください。今日は簡単に我々の組織とその内容を知って頂くだけですので」

弥生は笑顔でそう言ったが、ハンドルを握る手が少し硬い。

車が発進すると、弥生は後部座席の二人に向かって話しかけた。

「それでですね──」

「前見て!」

敦子が叫ぶ。


キキーッ!


急ブレーキの音が車内に響く。

車はギリギリで前方の自転車を避けた。

「すみません……」

「いや、車の運転中に後ろ振り向くのはやめてください」

敦子の声には怒りと不安が混じっていた。

「気をつけます……」

弥生は小さくうなずいた。

「新藤さん、普段運転はされるんですか?」

哲郎が慎重に尋ねる。

「そうですね……月に1回くらいは」

「えっと、免許取ってからどれくらい乗られてますか?」

敦子の声が震えていた。

「えーと……今日で5回目くらいですかね」


沈黙。


哲郎と敦子は顔を見合わせ、無言で天井のアシストグリップを握った。

車内の空気が一気に緊張に包まれる。

「本当に、安全運転でお願いします」

「大丈夫です。まだ一度も事故してませんから!」

──5回しか乗ってなくて事故してたら免許取り上げレベルだよ……

哲郎は心の中でそう突っ込みながら、祈るような気持ちで車窓を見つめた。

車は名古屋駅から少し離れた地下駐車場へと入っていく。

無機質な壁に囲まれた空間を進むと、入口のようなバーが現れた。

バーが静かに上がり、車はさらに奥へと進む。

やがて、車はある一角で止まった。

「到着しました」

「よかった……」

敦子と哲郎の口から、ほぼ同時に安堵の言葉が漏れる。

「どうしました?」

弥生が振り返る。

「いえ、何でもないです……」


車を降りると、そこにはギャル風の恰好をした河合梨音が立っていた。

金髪にピンクのメッシュ、短めのジャケットにスカート。

その姿は、地下施設の雰囲気とあまりにもミスマッチだった。

「今日案内する梨音で~す☆」

顔の前でピースサインをする梨音。

哲郎は一瞬、帰ろうかと本気で思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る