風船ミノムシ

 水色の風船の根元からつーっと糸が垂らされていて、何かを重たげにぶら下げていた。よく見てみれば、先にはミノムシがくっついている。特区に生息している虫、風船ミノムシである──が、蓑には足が付いていた。つまり、これは風船ミノムシではなく、風船ミノムシモドキ。この街には、風船に惹かれて近寄ってくる人間を捕えて食すモンスターが存在するのだ。


 マナブが見たことのある足が蓑の先にくっついていた。赤のエナメルの靴に白いタイツ。中にいるのはおそらく友人のインテリタスであろう。靴の持ち主はじたばたともせず、されるがままに食われていた。


 人外の少女が為す術もなくモンスターに食べられている。この特区の中で向かうところ敵なしともいえる存在が、虫の一匹に捕食されているのを見ているのも一興だ。しかし、知った顔として、襲われているインテリタスを捨て置くわけにもいかなかった。マナブの脳裏には脳裏でどろどろに半身を溶かされた少女の姿が浮かぶ。頭から脚まで蕩けた白い肌から赤い筋肉が覗き、溶解液で黄緑色にまみれ、ピンク色の虹彩はこちらをじっと見つめて……まるでゾンビの様相である。


 食われた本人はマナブが助けなくても怒らない気がするが──そもそも、人間と同様の身体を持っているのかが怪しい。風船ミノムシもどきに喰われても、少女は何らかの形でマナブの元に現れそうだった──、食われているのを見ていたとなれば後味が悪い。


 そのような考えが巡り、マナブはその蓑に囚われている少女を助けることにしたのだった。


 風船に吊られながら微動だにしない蓑からでた細い足首を掴む。浮遊していた風船が重たく抵抗する。風船ミノムシモドキの本体はこの風船の方なのだ。マナブに獲物を横取りされそうになっていると気が付いたらしい。風船を揺すってマナブの手を外そうとするものの、結局マナブの手が蓑の中から少女の身体を引っ張り出した。


 マナブの上に引っ張った足に付いていた身体がどすん、と落ちる。その質量と形で蓑の中身──インテリタスは無事だったとわかった。既に消化済みになっているかもしれない、というマナブの考えは杞憂だったようだ。


 無事でよかったと思うのと同時に、インテリタスの下敷きになったマナブは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。少女の決して重くはない身体を、水の身体がその体重を支えられなかったのである。ミノムシモドキにできて自分にできなかったことが非常に不愉快だ。いくら優男だと野次られても構わないが、こうも水の身体に腕力がないことを証明されると無性に腹に据えかねる。


「なに、してるの」


 すました顔で身体の上に乗っている少女も癪に障った。大体なんだ、助けてもらったにもかかわらずお礼どころか侮蔑の言葉を口にする娘は。親の顔が見てみたい……!


「助けてもらった時にはまず『ありがとう』って言うんだよ!!」

「ありがとう」


 インテリタスは普段通り、心が籠っていない声をしていた。それでも、少女は立ち上がった後にマナブに手を差し出す。助けてもらったという意識はあるらしい。その手に起こされながら、マナブは事の顛末を聞く。


「今日はどうしたんだよ」

「ふうせん」

「いくらふわふわしてるからって簡単にモンスターに食われるなよな……」

「マナブ、の、いろ」


 インテリタスがすごすごと飛んでいく風船を指差した。確かに、マナブの瞳と言われれば似たような色だ。


 あげようと思った、そう言われてしまうとマナブはなかなか強く出られない。

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