いつか遠い未来に

 直し屋の娘が実は化け物、それもこの世界の外から来た人で非ざる概念だとマナブは聞いた。これはマナブにとっては朗報である。自分よりも人外であるところの少女を揶揄ってやるのは面白い、そうほくそ笑みながら、マナブは空き地に来ることにしたのだ。


 予想通り、破壊の概念は直し屋から追い出されており、ぼーっとしながらも空き地に廃棄されているものを壊していた。先日半壊していた建物は既に壁一枚しか残っておらず、これを壊してしまえば、少女の姿をした人外はこの空き地でやることがなくなってしまうに違いない。そのモンスターが壁を見上げている。表情は暗く、何を考えているのかさっぱりわからないが、少なくとも、最後のコンクリートの壁を惜しんでいるわけではなさそうだった。


 そのコンクリートの壁が倒れた。そして、目の前にいた少女にぶつかる前に四散した。彼女の力の一部である。化け物に物理的な力は働かない。物体が人外に触れるよりもはやく、その人外の力が発動するからである。


「インテリタス!」


 マナブは化け物──名をインテリタスという──に遠くから声をかけた。空き地に足を踏み入れずかずかと少女の近くに寄る。先日は彼女の力によって身体を爆散させられたわけだが、今日はインテリタスはマナブに危害を加えなかった。マナブの接近を意にも介さず、無表情で近寄ってくる男を見つめている。


「壊すものなくなったな。これからどうするんだ?」


 どうせ、お前には壊すことしか能がないだろうという意地の悪い質問だった。我ながら大人げないと思うマナブだが、自分よりも化け物じみた存在が近くに現れたのに放っておけるほど、無関心を貫けない。特区に人の姿を模して顕現した者同士、仲よくしよう! とは思わないが、情報交換をするくらいは交流があっても良いだろう。そして、その過程でこの化け物が化け物であるとマナブに示されれば優越感に浸れるのである。


 マナブの顔を見上げながらインテリタスは無表情だった。質問に考えあぐねているわけでもなさそうだ。ピンク色の瞳と目を合わせているのに焦れて、マナブはインテリタスを観察し始めた。長いこげ茶色の髪に囲まれて小さな白い少女の顔がある。重たげな瞼の下には桃色の瞳があり虹彩がハート形にきらりと輝いている。その愛らしさからはこの存在が特区全体を破壊せしめる力があるとは到底思えなかった。


 視線が下がり、首の下にはマナブの半分ほどしか幅のない小さな身体が付いている。保護者が購入したであろうレースのついた赤色のワンピースは無惨にも土埃で汚れていた。マナブがそこまで目を動かしたところで、インテリタスは、わからないとマナブの質問に答えた。


 悔しそうな表情も悲しそうな表情も見せない少女の姿をした化け物は、このまま何もなければいつまでも空き地に立ち尽くしていそうな雰囲気である。揶揄ったことで何やら顔色が変わるのを期待したマナブであるが、インテリタスが自らの遊具を惜しまないところが逆にもどかしい。他に何かこの人外と話すことはないかと脳内で言葉を探し回ったあと、マナブは自分でも思いがけないことを提案することになった。


「まあ、僕が一緒にお前と遊んでやってもいい」


 インテリタスは表情が変わらない。なくなったコンクリートも、マナブの言葉も同じく興味がないのである。その態度にムキになってしまい、マナブは周辺で何か遊べるものはないかと、砂山と化した空き地を眺めはじめた。山のようなコンクリート片が端っこにあるだけで何もない、殺風景。しかし、大量の砂はある。ならばこの砂を使って遊ぶのもいいのではかろうか。マナブは良いことを思い付いたぞ、と思いながら砂遊びするぞ、とインテリタスを誘った。


「作っても壊せるし、壊しても直せるからな」


「こわせる」


「なるべく壊すなよ」


 マナブが砂をすくう。そして、その手から水を生み出して砂をこねる。あまり質のいい砂ではなかったが、混ざってしまえばマナブの水の身体でどうにか整形できるだろう。グルグルと回しているうちに、その手につるつると光る泥団子が出来上がった。インテリタスはマナブの手つきをぼんやりと眺めていたが、次第に様相が変わってきた。球体を見て、初めて砂遊びに興味を持ったようで、マナブににじり寄る。泥の塊を眺め、感嘆するようにため息を吐いた。


 マナブが初めて見た少女の変化であった。


「きれい」


「きれいだって思う感覚はあるのか……?」


 少女が頷く。そして、空き地の隅へと歩いて行ったかと思うと、ガラスの破片を大事そうに持って戻ってきた。太陽光に照らされてキラキラと輝くそれは、少し宝石のようにも見える。


「ひかり」


「へー、光るもんすきなのか」


 インテリタスがこっくり頷いた。


「じゃあ、壊さないようにしろよ。壊すと怒られるし、それに……」


 マナブの次の言葉を待つように、じっとインテリタスが見つめてきた。それに……何なのか、マナブはその先を口ごもった後、言った。


「大事なものだったら、大変だろ」


 そうだ。大事なものは壊してしまうと後が大変なのだ。それに、壊すのは簡単だが、直すのは大変だということも知っている。


「だいじ」


 復唱したもののインテリタスにはその意味が伝わっていないようだった。概念、それも破壊を司っているのだから無理もない。それを思うと、マナブは自分とは正反対の存在だと思う。自分には壊したくない大切なものばかりだ。この少女のように、物を壊してさようなら、そういった境地にはなれそうもない。


 しかし、もしこの人で非ざる者がその見かけどおりに少女らしい物思いをするようになったのならば、そのようなことが万が一にも起きたならば、大事という感覚も持ち合わせるのだろうか、とマナブは少し興味を持った。


 ***


 インテリタスが拙い手つきで泥団子を作っている。途中その手に水を足してやりながら、マナブは砂で城を作っていた。


 思いのほか、張り切って作ってしまい、ちょっとした芸術品ようだ。自分に美術の才能があるとは思わないが、子供の遊びでも集中すると力作ができるものだな、とマナブは感心した。


 それもこれも、先ほどの泥団子に魅入られているようなインテリタスの表情をもう一度見たい、と思っていたらそうなったのだ。あの化け物の娘の表情が年相応に変化するのは見ていて清々しい。


 インテリタスがつやつや光る泥団子とは程遠い球体を差し出したとき、マナブは正反対にしっかりとした砂の城を作り上げていた。その大作を見てインテリタスが目をぱちくりさせる。まさか、塵と砂だらけの殺風景な空き地にお城が建つとは思っていなかったに違いない。


「やま、きれい」


「山じゃない。お城だよ」


「おしろ」


 特区には城はない。城のような建物もない。インテリタスは直し屋の周辺から出歩いたことがない。マナブが作り上げたものの正体を知らないのだろう。


「お城っていうのはえーっと、王様とお姫様が住んでて、……でかい家の事だよ」


「どこ」


「どこかあ……特区にはねえな」


 考えてみると、お城のことは何一つわからない。インテリタスに説明してやれそうもないのだが、反対に目の前の少女はお城に興味深々である。


「……特区に城ができたら、いつか連れてってやる」


 ここは特区だ。いつか空から城が飛んでくることもあるかもしれない、そう思いながらマナブは無責任にも約束をしてしまっていた。その言葉に、インテリタスはうんと力強く頷いたのだった。

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