Day4 二つの神社へ(藤沢市と横浜市)① 歩く
神奈川県藤沢市にある湘南台駅の東口は、人の群れだった。マクドナルドにオーケー、ミスタードーナツやケンタッキー・フライド・チキン、ダイエーと、これまでの駅の中でも随一の都会ぶりだ。とはいえ、もちろん都会を歩くのが目的ではない。
相鉄ローゼンの前を通る。
「ん……。いいにおい」
お昼どき。パンの香り。信号待ち。カフェがあった。イタリアンのお店らしい。
「おなかすいちゃうな」
昼食に微笑み、頬張る人々を横目に進む。
「ん? なんだあの球……」
左側に、謎の球体が現れた。かなりの大きさ。プラネタリウムでもあるのだろうか。それとも、中では子供たちがトランポリンで遊んだりしているのだろうか。
そのまままっすぐいき、歩道橋を渡ると広めの公園に行き当たる。
そこを進むと。
「おお、線路?」
地下から出てきた電車が上ってきた。相鉄いずみ野線と横浜市営地下鉄ブルーラインの線路だ。地下鉄なのに地上に出るのか。
ということは、この下を電車が通っているということだろう。私は小田急線の方を使うので、あまりぴんとこない。線路は左側に曲がって横浜の方へ向かっていくこととなる。
それをたどるのも面白そうだが、今回の目的地はここではない。私は右側に歩を進める。
【境川遊水地公園】
地図を見る。
境川沿いにある、今田遊水地、下飯田遊水地、俣野遊水地の三つからなっているらしい。対岸に渡ると横浜市に入るようだ。
さっき見た線路が今度は左側に見える。立派な高架だ。はるか後方には下飯田駅の近くにあるショッピングモール「ゆめが丘ソラトス」が見えた。
今飯橋という橋を渡る。今田・飯田のかけ合わせだろうか。横浜市港区に入った。
「あの橋……」
渡って右折した先にもう一つ橋が見える。船の帆のようなアーチ。
少し進んで、名前を見る。【鷺舞橋】というらしい。
「すっごい角度だなあ」
向こうからは平べったい三角形に見えたが、横から見ると「帆」が傾いていた。
渡りたい欲求を抑え、階段を下る。左側にサッカーコート。月曜の昼だからか、子どもたちもおらず、閑散としている。進行方向を見ると、「城」のようなやけに高い建物が遠くに見えた。
階段をのぼり、しばらく行くと、左手に田んぼ、その奥に深い森が現れた。
普段、湘南台地域には慣れ親しんでいるけれど、駅から二十分足らずのところにこんな場所があるとはおどろきだ。
新折越橋という小さな橋を渡る。右側にはまだ遊水地公園が続いている。今度は野球場。こちらも子どもの姿はなく、おじさんたちが整地をしていた。
斜めに左折し、さっきの森に接近する。さっきの駅前の都会ぶりを疑うくらいの鬱蒼とした森。けれど、龍王峡のときとは違い、人家も多くある。それが安心材料なような、一方どこか不思議な感じがする。小さな町工場を右目に見つつ、進む。
「……あれ、なんなんだろう」
さっきから見えている「城」のような建物。パノプティコンのようにも見えるけれど、まさかそんな監視塔ではあるまい。
左側に坂が見えた。そこを上ったところに、三猿が描かれた庚申塚がある。鬼怒川にはいったけれど日光東照宮にはお参りしなかった私を責めているようだった。
「今度は行きます」
心の中で唱えて、Googleマップを見る。
「えっと、ななめの道……え」
そこは、細く狭い道だった。左側は人家のようだが、右側は森だ。
「すごい……」
もちろん私はこういう道が大好きだ。けれど、さすがに今回はお目にかかれないだろうと思っていたのだ。しかし、その予想はいい意味で裏切られた。
「ええ、ここ通学路なの?」
相模湖を歩いた時も思ったけれど、こういうところを幼いころから歩いている人がほんとうに羨ましい。
振り返ると、境川の対岸の藤沢市の街並みが見えた。ひときわ大きい建物は、六会にある日本大学の校舎だ。
きびすを返して森、いやもはや山といってもいいだろう、その中を上ること5分ほど。ついにたどり着いた。
「あっ、ほんとにいた」
【神鹿苑】
柵の向こうには、その名の通り、鹿がいる。ここが今日の目的地だ。
【相州春日神社】
春日神社といえば、奈良県にある春日大社だ。
藤原氏の氏神を祀るこの神社は、鹿を神の使いとしている。私はいったことはないけれど、奈良時代ごろの本を読んでいればよく登場する神社だ。その神社から分霊を勧請してできたらしい。もともと横浜ドリームランドという遊園地が開園した時にその発展を願って造られたそうだが、横浜ドリームランドは今はもうなく、目の前のスタジアムなどになっているそうだ。
もしも跡地が残っていたら、鬼怒川の廃旅館群も恐れをなすくらいの超巨大廃墟になっていたかもしれない。かつて長野県にあった信州観光ホテルのような……。
さて、こんどは鳥居をくぐる。鹿のオブジェがついた手水所で手と口を清め、境内に入る。丹塗りの神社の境内はこじんまりとしていて、すごしやすい。小さな子どもが不器用に手を合わせていて、微笑ましい。
本殿を右手に行くとさっきの鹿たちがいる場所に行ける。オスの鹿は、雄々しく立派にツノを見せてくれた。メスの鹿たちは、ちょうどもらったエサを食べるのに専心している。世間で、外国人が蹴った蹴っていないという話が政治の動きと絡んで語られていることなどどうでもいいという様子だ。
奈良に行ったとき、せんべいをあげた同級生が鹿に攻撃されてキレたのを思い出す。同時に、広島の宮島の鹿はずいぶん穏やかに、いっしょに歩いてくれたのも思い出す。もう陽が沈みかけ、夕方だったが、もみじ饅頭に飛びついたりもしなかった。人間だって気が立っているときもあれば落ち着いているときもある。凪と時化のようなものだ。
頭上、見上げれば楓の葉。
「色づいたら、きれいだろうなぁ」
桜は、色づいた後で葉になる。
楓は、葉になった後で色づく。
桜の盛りと楓の盛りは対照的だ。
枯れることを死とするならば、どちらが幸せなのだろう。遠い昔に栄えた記憶を持ちながら穏やかに死んでいくのと、死の直前に一花咲かせること。どちらが幸せなのだろう。
私は、凪でいたい。そういいながら、どこかで盛りを期待している。
報われたいと願っている。だれかの不幸までをも、願っている。
「……」
神社の椅子に座りながら見上げていた。今年ももう、ずいぶん寒くなってきた。
奥に、お稲荷様がいた。鳥居が低く、背の低い私でも頭をぶつけてしまうほどだ。
そちらにもお参りをして、外へ出る。
「さて……あっ」
そこで、気づいた。
ずっと見えていた「城」がすぐそこに。
「あれ、なんなんだ」
マップを開く。むこうは横浜薬科大学という大学らしい。私はここの卒業生ではないので入ることは許されないが、その敷地内にあるのだろうか。少なくともパノプティコンではなさそう。
今日の歩き旅の目的地はここだ。だからあとは戻るだけ。藤沢駅に用事があるので、六会日大前まで歩くのもいいか。いや、そんなに大きく時間が変わらないみたいだから善行駅まで行ってしまおう。そう思ってマップを開いた私は「あれ」と画面を見る。どうやら、近くにもう一つ神社があるらしかった。
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