第33話 反抗期
「反抗期ですね」
「…………すみません」
一応、反省はしている。だから大学はそれなりのところに入って、真面目に――……いや、単位は大丈夫だから。四年間で卒業ができるはずだから!
「って、ちょっとそろそろコンディショナー流さないとですね」
私は星原さんの髪をまた流す。コンディショナーが浸みたのか、髪の艶と張りが増したような気がする。
「あ~……えっと、そういう感じ……なんですけど、アイドルになった理由……。まあ男装するときに、名前もそれようにって……マネージャーさんと相談して、かっこいい名前を考えて……天雨桜にって……」
ほとんどそのまま、正直に話してしまった。
黙ったままの星原さんを見て、やっぱりマズかったんじゃないかと後悔する。
「…………す、すみません。……天雨桜は星原さんが憧れるようなアイドルではない……ですよね……」
改めて、人気アイドル星原奏歌が憧れるような存在ではない。
偶然というか、過ちから生まれて、今となっては黒歴史…………。
「別にそんなことはないですけど」
星原さんの顔は濡れている。髪がしたたり、水滴が落ちる。
「なんで辞めたんですか」
「辞めたっていうか、グループがメジャーデビューするってときに……やっぱり性別を隠したまま、偽ったままってのは問題になるんじゃないかって……マネージャーさんも掛け合ってくれて、だったら男装を公表しようって話もあったんですが……」
親と揉めたときと同じくらい頭もお腹も痛い時期だった。
でも結局、私は諦めた。
やっぱり男装を公表するにしたって、今までのファンからの反発や不評は生まれる。
グループメンバーだって驚くし、今後の活動にだって影響する。
メンバーに一人異性がいるってのは、いろいろ気も遣うだろう。
精神的なものも仕事内容的にも。
それに最終的には引退が決まったのは、私がもろもろも事情を考慮してまでアイドルさせるほど人気がなかったってのが全てだと思う。男装でも、隠し続けても、文句言わせないくらい人気だったらよかったんだ。
クビでも困らないってレベルの人気だった。
それに私もそのころは高二だったかな? ……もうね、体もだいぶ女子で、無理があるなって思っていたんだ。隠し続けるのは無理。
でもだからって、男装だって言うのは嫌だった。
男性アイドルの天雨桜としてだから、自分の好きにやれた。
でもそれが男装した私になったら、今まで通りには出来ないってわかっていたから。
「わたしは、桜さんが……全力で、誰よりも自分に正直な人だったから憧れたんです……」
正直とは一番遠い、男装という嘘のアイドル。
ああ、だからか、星原さんが私をずっと嫌っていたの。やっとわかった。初対面から様子がおかしかったのも、そういう理由だったのか。
私はずっと、憧れを裏切っていたんだ。
「…………申し訳ないです」
「嘘つき」
「……その通りです」
「マネージャーはいつまで続けるつもりなんですか」
それは……つまり、やっぱり早く辞めろってことだろうか。
そうだよな。いくらアイドル時代の天雨桜に憧れていたとしても、全然イメージと違ったはずだ。
そもそも私自身はずっと嫌われている。
「…………できれば、借金を返済し終えるまでは……」
「借金? ……ギャンブルですか?」
「いやいやいや! 違いますって! ほら、天雨桜だったころって私は未成年で……って今も十八歳なんでギャンブルはできないんですが……ともかく、今も昔もお金を賭けるようなことはしていないですよ!」
法律に触れるようなことはしていないはずだ、と慌てて否定する。
「さっきも言いましたけど、親の反対を押し切ったので……もろもろの……アイドル活動での費用は……ほら、レッスン代とか勝手に上京決めて一人暮らしでかかった生活費とかそういうのは自分で払おうって決めていたので……そういうのですよ」
私が決めた事で、親に言われたことではない。
でも自分で決めた事だからこそ、絶対に守る。
ただ立て替えてもらっているのも妹で――どうにかして、大学卒業までには全額返済すると約束している。
だからマネージャーのアルバイトをクビになると困る。こんなに時給がいいアルバイトが他に直ぐ見つかるとも思えない。
「…………もし、わたしが立て替えるって言ったら」
「え、いや、立て替えって……星原さんに立て替えてもらっても、困るというか……」
「別に稼いでいるんで、返さなくてもいいですけど」
「な、なにを言って……」
そんなに、私に早くマネージャーを辞めてほしいのか?
…………そりゃ、星原さんからしたら私は嘘つきで、憧れていたのに本当は騙していたみたいなものだ。
そんな人がマネージャーなんて、嫌なのはわかるけれど。
「そのっ、けっこう時給もいいし……星原さんのおかげで毎日仕事もあって……そんなに返済まで時間かからないですよ? あ、ほら、早く出て髪を乾かしましょう! ドライヤーも私がやりますよっ!」
嫌われているのはわかっていたことだ。
正直に話して、天雨桜としても失望されたかも知れない。
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