第17話 拒否権なし

「ほら、早くしてくださいよ。それとも今日はなしですか? だったら帰ります。わたしがいない理由は、早瀬さんから適当に説明してくださいね」

「まままま待ってください!! 意味がわからないですって……え、会わせるって、だって天雨桜は私で……会わせるもなにも……」


 早瀬さんが寝ぼけた態度なので、わたしも椅子から立ちあがるくらいのことはする。

 いつだって帰ってもいいんだぞ、という意思表示。早瀬さんにも伝わったみたいで、わかりやすく慌てている。

 憧れの人の情けない姿は見たくない。でも別人だと割り切ってしまえば、早瀬さんの慌てふためくところは滑稽で悪くなかった。


「早瀬さんが桜さんなら、できるでしょ? すぐ会わせてくださいよ」

「えええ? あの、本当にどういう意味ですか? だから私が天雨桜で……え、星原さん、まさか私に、また天雨桜になれって言っていますか?」

「なるとか言うのやめてくれませんか? 早瀬さんと桜さんは別物なんで。早瀬さんが桜さんになるとかないです」

「私にどうしろと!?」

「何度も言わせないでください。早く、桜さんに会わせてください」


 やっぱり一度くらい、脅しじゃなくて本気だって教えたほうがいいかもしれない。


「…………あの、つまりその、はい? …………いやその……なりたくない……じゃなくて、天雨桜をここに連れてくるのは……普通に、無理ですけど……」

「無理? そうですか。じゃあ次の仕事で」

「早まらないで!! だってほら、ここは星原さんの楽屋で……急に天雨桜が会いに来るのはおかしいんじゃないですか?」

「そういう細かいところには興味ないです。どっちかです」


 わたしは物わかりの悪い早瀬さんにもわかるよう、衣装をもう一度指さす。


「会わせるか」


 次に楽屋のドア。


「会わせないか」


 それから「好きに選んでください」と早瀬さんを見る。


「だ、だって男装はもう……したくないと言いますか……ほら、厳しいじゃないですか。もう私、大学生ですよ? 男装してアイドルってそんな……」

「桜さんは、本物です。わたしが言うんだから、信じてください」


 わたしの憧れが少しも変わっていないのがその証拠だ。

 むしろ、これだけ早瀬さんの無様さを知ってわずかと揺るがなかったこの気持ちも、桜さんの魅力も、今まで以上に本物として証明されたと言える。

 わたしは桜さんを諦めるつもりなんてない。

 アイドルを引退して、もう会えないかもって思っていたのに再会できたんだ。ちょっとくらいアイドルじゃないときの、別の姿が論ずるに値しないからって、それくらいなんだ。


「…………本物なのはそうですけど……だからって星原さんも私だってわかっているのに、なんでまだ天雨桜に会いたがるんですか……」


 まだブツブツと言っているので、わたしはスマホを取り出した。

 まだ抵抗するつもりなら危機感が足りていない。


「早瀬さん、もしかしてまだ勘違いしてますか?」

「……勘違いってそんなことは……」

「わたしから早瀬さんをクビにすることはないですけど、だからって早瀬さんがクビにならないって話じゃないですよ」

「…………どういうことですか?」

「わたし、早瀬さんにずっと騙されていたんですよ。マネージャーとして信頼していたのに」

「信頼……?」

「それなのに憧れの人の名前を使って、わたしに無理矢理……仕事させてきましたよね? WEBラジオに、ソシャゲの案件に、始球式に……そうです、わたしにシャンプーまで使わせて……っ」

「えっ!? いやその、最後は良くないですか!? そんなにシャンプーを使うことに抵抗感持たないで下さいよ……」

「うるさい」


 ずっと石けん一つで済んできたんだ。この人のせいで余計な手間が増えた。


「とにかくっ……わたしは早瀬さんに騙されて心を傷つけられました。社長に相談してもいいんですよ。しばらくアイドルの仕事は休みたいって。全部マネージャーのせいだって」


 胸を押さえながら、わたしは早瀬さんを上目遣いに見る。ついでに片手でスマホを操作して、社長の電話番号を表示させた。


「ちょあっ!! やりますっ、やりますからっ!! 天雨桜に会わせますからっ!!」


 早瀬さんごときじゃ、どうせわたしには逆らえないんだから、最初から素直に従えばいいのに。

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