第4話 芸能界の闇!?

 マネージャーが担当アイドルに男を紹介って、どんなお願いだよ!?


「なんでもするって言ったじゃん」

「なんでもにも限界があります! 私にできることならって言いましたよね!?」

「できないの? 男を紹介するくらい、できるでしょ」

「いやいや……できないですよ……」


 はっきり否定したいのに、彼女の手はドアノブをつかんだままで、つい尻すぼみになってしまう。

 でも無理なものは無理だって!


「早瀬さんってモテないんですね。可哀想に……」

「そういう意味で、できないって言っているわけじゃないよ!?」


 紹介できる男がいない――という意味ではない。

 私だって大学生だ。共学だし、男くらい探さなくてもいくらでもいる。

 まあ、現時点では紹介できるような宛てはないけど……周囲にいるだけで男友達とかいない……。


 男がよくいる場所なら紹介はできるかな? 学食とか喫煙所とか。あいつらは明るくて人の多い場所にいるんだよ。

 じゃなくて!


「星原さんはアイドルなんです。……社長からも『妙な男が近づかないか警戒しておいてくれ』って頼まれてます。男を紹介なんて、できるわけないじゃないですか」


 人気アイドルに男の影が見つかって『熱愛発覚!』などと噂されれば大ダメージだ。

 マネージャーとして絶対に避けなくてはならない。それこそ新曲発売の延期とは比べものにならない損害だ。……本来ならその損害の責任がすべて私と言うことにはならないはずだけど、私が紹介したら話は違う!

 しかし当の本人は、私の気持ちなんて知らず呑気な様子だった。


「はぁ……あくび出ちゃいます。さようなら」

「まっ、待って、帰るのはダメですって!!」


 つかもうとした腕は払われたけれど、一応ドアノブを半分だけひねったところで止まった。……星原奏歌、なにを考えているわけ!?

 こんな制御不能だなんて聞いてない。アルバイトのマネージャーには荷が重すぎる。

 私、今日初出勤だよっ!


 社長に相談――……って言っても、軽いノリで大学生の未経験アルバイトを人気アイドルのマネージャーにしてしまう人だ。

 私が『星原さんが男紹介しろって言ってきて……しかもしないなら収録もサボるって言うんですよ!』と相談しても、星原奏歌が『それはあの新しいマネージャーが嫌いだから』と言えば、あの社長なら『じゃあ新しいマネージャーにするか~』って軽いノリで私をクビにする。


 騙されたアルバイトでもクビにされたら困る状況なんだって……。

 でもアイドルに男を紹介するわけにも……。


「早瀬さんはモテないから仕方ないですけど、恋愛したいって高校生なら普通じゃないですか」

「私がモテないから恋愛に反対しているわけじゃないですよ!?」

「早瀬さんみたいに恋愛経験のない寂しい人間になりたくないんです」


 たしかに恋愛経験はないけれど! 寂しい人間ではない!

 それに私も事情があっただけで、恋愛経験はこれから……そうだ、これからでも……もっと後からでもいいはずだよ!


「人生長いんですから、恋愛はもっと後からでもいいじゃないですか」

「後って、いつですか?」

「いつって……」


 星原奏歌は人気アイドルだ。このままいけば、高校卒業も、大学卒業後も、この人気は続く。当然しばらくは、大っぴらに恋愛を応援というわけにはいかないわけで。


「二十年後くらいには……」

「二十年!? わたしに三十五歳なるまで恋愛するなって言ってますか!?」

「……それは、その……アイドルなので……」


 アイドルってのはそういうものだ。

 私なんかが言っても説得力なんてないけれど、世間だって恋愛なんて目もくれず一生懸命なアイドルを望んでいる。


「……わたしだって、恋愛とかそういうのが、今はダメだってわかってます」

「ですよねぇ!! ですよねぇ!!」

「だけど……」


 星原奏歌の気怠げだった半目がどこか物憂げに、頬も赤くなっている。


「わたし、ずっと女子校で身近に全然男の人っていなかったし……このまま大人になるのは心配っていうか……ほら、思春期には異性と仲良くなる経験とかあったほうが将来困らないと思うんですよ」

「えっ、いやそれは……」


 身近に異性がいないままだと理想とか偏見ばっかり大きくなって、いざ大人になって結婚だなんだってときに相手探しに苦労する……って、これ社長が言ってなかったけ?


 事務所の社長――いろいろと縁と伝手があって私をアルバイトに雇って直ぐ人気アイドルのマネージャーにした破天荒な沙夜(さよ)ちゃん独身年齢不詳。


「だから恋愛とかそういうんじゃないんです。……ただ仲良くなりたい男の人がいるってだけで、問題になるようなことはしません」

「気持ちはわかりますけど、でも星原さんと男の人が親しげな写真が撮られたら世間は熱愛だなんだって騒いで評判も――……ん?」


 なにか引っかかる言い回しだった。

 まるで、紹介してほしい男が――既に誰か決まっているような。


「もしかして、紹介してほしい相手が……誰か……決まって……いるんですか?」

「はい」

「え、それって……」


 即答に怯んで誰かとたずねる前に、星原奏歌はその薄い唇で名前を口にした。


天雨あまあめさくらを紹介してください」


 それは、私の知っている名前だった。

 私が紹介できる名前だった。

 どうしてその名前が、彼女から?


「できることなら、なんでもするって約束ですよね」

「えっ、でも……それは……」


 気づけば、休憩時間はもう過ぎていた。


「約束守らなかったら、どうなるかわかりますよね?」


 冗談じゃない。

 さっきからずっと、彼女の目は真剣そのものだ。

 私が交換条件に従わないなら、彼女は本気で帰るつもりで。そしたら収録も、ソロデビュー曲の発売も……。


「紹介、します」


 そういえば、なにも食べていないどころか、水分も取っていなかった。

 のどの渇きが妙に引っかかって、それが開けちゃいけない扉みたいだった。……え、紹介していいのか?


「やったっ。じゃ、マネージャーの……早瀬さんだっけ? これからも、よろしく」

「…………よろしくお願いします」


 しかし、もう扉を閉めることはできなかった。

 星原奏歌が満足そうにうなずく。


「あ、でも眠いのは本当だから、休憩時間三十分延ばしてって頭下げてきて、早瀬さん」

「…………え?」


 人間には、三つの欲求がある。

 食欲、睡眠欲、それから性欲(とは違うって信じているけどっ!! 男を紹介したからって本当にただ仲良くなりたいだけですよね!?)をまさか休憩時間で満たそうとしてくる彼女が人気アイドルだなんて……。


 しかも、私の担当アイドルだなんて!!

 マネージャーって、可愛い女の子の付き添いで楽して儲かる仕事じゃなかったの!?


 聞いてた話と全っ然違う――――っ!!!

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