第2話 吹雪の夜
ある夜、警報が鳴った。
吹雪の音にかき消されそうな微かなベルの音が、観測装置から響いている。誰かが、森に迷い込んだのだ。
私は厚手の外套を羽織り、雪の中へ足を踏み出した。森は深く、白く、音もなく沈黙している。装置の反応が示す場所に近づくと、雪の中に小さな塊が丸まっていた。ハンドボールほどの大きさで、山嵐のような硬い毛で覆われている。
それが“迷い人”だとすぐにわかった。
寒さと恐怖に心を侵され、この森の力に引かれて姿が変わってしまったのだ。
私はその塊を抱き上げ、小屋へ戻った。暖炉の火を強め、毛布に包んで体を温める。やがて、固まっていた体が少しずつほぐれ、硬い毛の下から人の肌がのぞき始めた。
完全に元の姿には戻らなかったが、人間の形がゆっくりと蘇っていった。
その姿を見つめながら、私は自分の右手を見下ろした。掌の一部が水晶のように光っている。あの吹雪の夜、私自身もまた異形化の途中でここへたどり着き、その痕が今も残っているのだ。
“完全に元の姿には戻らない”――それがこの森の法則だ。
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