ダイヤモンド
水谷一志
第1話
一
この世には、いったいどれだけの人間がいるのだろう?
そして、その中で「レベルの高い」人間はどれほどなのだろう?
まあ、私よりレベルの高い人間なんて―、いないだろうな。
「お疲れ~!」
私、羽島愛瑠(はしまめる)は大学生。今日は講義が午前中で終わり、今テニスサークルに顔を出している。
とは言っても私はテニスはしない。と言うよりラケットも持ってないし。まあ、マネージャーではないけれどプレーヤーやみんなを盛り上げる役だ。
「愛瑠、髪色ちょっと変えた?」
「さっすが~!よく気がつくね。ちょっとだけ明るくしたんだ」
こう言った軽快な会話ができるのも、このサークルの魅力の一つ。女子はファッションが大好きでお互いに仲が良い。男子もイケメンぞろいでみんなでワイワイできる。もちろん高校時代とは感覚が違うが、数ある大学のサークルの中で、ここはカーストの「一軍」に入っているのだろう。
そしてそんな中でも私はおしゃれに気を遣い、みんなの様子に気を遣う「可愛くてできる子」になっている。
―そう、表向きのパブリックイメージとしては。
「愛瑠、サークル終わったらカラオケ行く?」
本当は今日は家に帰りたい。今は十月とは言え暑さは少し和らいだ程度。こんな時にいちいち人の歌なんて聞いていられない。
「おっいいじゃん!行く行く~!」
そんな私の心の声は一切顔に出ていないはずだ。私は自分の感情を隠すのがうまい。ちょうどレーダーを弾くステルス機のように。
聞く所によると、人の本音はコンマ2秒、顔に出てしまうそうだ。でも私は違う。どんなにウザい奴でもそれを絶対に顔には出さない。コンマ2秒だろうが何だろうが私には関係ない。心を読ませない選手権があるとしたら、私はそこで優勝できるだろう。
「でもさ愛瑠、愛瑠は基本歌わないじゃん。今日は思いっきり歌ってもらうよ~!」
何勝手に決めてんのコイツ。別に歌う必要ある?音楽の授業じゃあるまいし。
「ええ~でも私本当に歌苦手なんだ。盛り上げるから勘弁して~!」
そんな本音はもちろん隠す。あと会話がナチュラルになるように、実は普段から口角を上げる練習を家でしている。ただし上げ過ぎは厳禁。あと会話のテンポを壊さないことは意識する。
こうやって私は、数々の場面を乗り切ってきた。
「うーん愛瑠の歌、聞きたいんだけどなあ。でもいっつも愛瑠がいると楽しいからオッケー!」
「ありがとね。今度ランチ奢るわ」
「えっ楽しみ~!」
何でこいつらこんなに単純なんだろう、と私は心の中で思う。ただしそれも顔には出さない。あくまで会話の空気感を重視して「羽島愛瑠」ならこう言うだろうな、こう場をコントロールするだろうな、と言うことを実践していく。あと「みんながいると楽しい」みたいな感情、私からすると「偽りの感情」をストックのように貯めておいて、いざと言う時に使う。つまり、「偽りの感情」を顔から溢れ出させるのだ。
これってコミュニケーションの基本じゃない?なのにみんなはどうしてできないのかな?私が賢過ぎるだけ?それはそれで優越感なんだけど、「もっと空気読めよな!」と思うことは本当に何度もある。まあ、それも顔には出さないんだけど。
この後私は大学を卒業して、社会人になってもこう言うことを繰り返すのだろう。そうして要領良く振る舞って、自分の本当の感情を表には出さない。それって―、悪いこと?
あと絶対これは本当だ。空気を読むことに関して、私より頭の良い人は―、いない。
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