025 父と重ねる影
時々、ふと考える。あの日、濃いマナの気配に釣られて、いつの間にやら辿り着いていたあの山の中で出会った彼に、付いて行こうと思ったのは何故だったのだろうか。
彼、クロは言葉数が少ない。未来が分かっているかの様な言動をする時がある。異常なまでの剣の腕前を持っていて、でもどこか優しさを感じる。
私のお父さんもそうだった。口数も少なくて、何を考えてるのかいまいち分からなくて、だけど優しさは伝わってきて、強くて、何でも知っていて、そして私の事を愛してくれていた。
お父さんは村の中でも一番の実力者で、特別な人にだけ与えられる守護者の称号を持つ程だった。
お父さんは村の近辺を巡回して、魔物の脅威から村を守っていた。どんなに強い魔物が現れても、お父さんはいつも無傷で帰ってきた。
そんなお父さんに憧れて、少しでもお父さんに近付きたくて、私は我儘を言った。私にも村を守る術を教えて欲しいと。
村を守りたい気持ちがない訳ではなかったが、正直な所少しでもお父さんと一緒に居たかっただけだった。
お父さんの仕事を手伝いたい。そんな私の我儘を聞いて、お父さんは嫌な顔も嬉しそうな顔もせずに、ただいつもの様に『分かった』とだけ頷いた。
次の日から私はお父さんに戦い方や自然の知識などを教えてもらう事になった。身の守り方、狩りの仕方や森の中で注意すべき事や危険な場所、食べれる野草など色々な事を教えてもらった。
巡回に連れて行くのはまだ早いと、村の近くで教えてくれるだけだったけど、私にとってはお父さんと一緒に居れるだけで本当に幸せな時間だった。幼い頃にお母さんを病気で亡くした私には、お父さんは私の全てだったから。
だけど、どうしてももっとお父さんと一緒に居たかった私は、また我儘を言って無理矢理巡回に付いて行かせてもらえる事になった。
比較的安全な場所を巡回する事になって私は胸を躍らせた。いつもとは違う環境で、いつもよりも多くの事を教えてもらえて、本当に幸せな時間だった。
“それ”は前触れも無く、音もなく現れた。
気が付けばお父さんと私の前に“それ”が現れた。
天を衝く程の巨体を持った、今まで見た事もない人形の魔物だった。見上げる形で見ていた私には太陽が邪魔をしてはっきりとした姿は分からなかった。
けれど、それが放つプレッシャーは尋常では無くて、あまりの恐怖に私はその場から一歩も動けなくなってしまった。
次の瞬間に轟音が鳴り響き、驚きで腰を抜かしてしまう。その音の正体はその魔物の攻撃をお父さんが防いだ音だったのだ。
そんな状況でありながら、お父さんはいつもの様に優しく私に逃げろと言う。けれども私の足は言う事を聞いてくれそうに無い。
その間にも魔物は私とお父さんの命を奪わんと激しく攻撃してくる。
それでも一向に逃げる様子のない私を見兼ねて、お父さんは魔物の攻撃の隙を縫って私の体を思いっきり投げた。
俺は大丈夫だから助けを呼んで来てくれ。
結局それが、私が最後に聞いたお父さんの声だった。
何とか足が動く様になって、村に助けを呼んで戻ってきた私が見たのは、これでもかと残った破壊の痕跡と、左手を潰されて息絶えた父だった物だった。
そこからの事はよく覚えていない。ただはっきりとしているのはあの時私が我儘を言わなければ、父は死ななかったかも知れないと言う事だけだ。
その日から私はあまり言葉を発さない事にした。喋る時もなるべく考えて物を言う事にした。
自分の所為で誰かが死ぬのはもうごめんだった。
その日から強くなる為にひたすらに鍛えた。雨の日も風の日も。骨が折れても皮が剥がれても。兎に角鍛えた。
そうしていつの間にか、村で一番の実力者になっていた。
村の実力者の証である守護者の称号を貰った。親子で守護者となったのは初めてだと褒められても私の心は満たされなかった。
それどころかあの時の自分がもっと強ければと言う自責の念だけが積もっていった。
私は村を出た。
村にいれば嫌でも父の事を思い出してしまうから。少しでも離れた場所に行きたかった。
それからは色んな場所に行った。マナを溜め込める体質の私は、マナの濃い場所が好きだったから、そう言った場所を中心に旅をした。
そうして気が付けば辿り着いていたあの森の中でクロと出会ったのだ。
突然巻き込まれる形で加わる事になったダンジョン調査。正直に言って何か危険が及ぶとすれば、私やクロでは無くブレイブやマリーだと思っていた。
「ッ!クロッ!!」
だから、倒し損ねた魔物にクロが不意打ちを食らった時、自分でも驚く程に胸がざわついた。
この時になって初めてクロと父を重ねて見ていた事に気が付いた。途端に父が死んだ時の、何も出来なかったあの悪夢がフラッシュバックした。
クロを助けようと駆け出そうとしたその時、魔物とクロが壁に激突し、壁を破壊した。
ダンジョンの壁は、溢れ出るマナに寄って強化されている為そう簡単に壊れる物ではない筈だ。
だが、事実として壁はいとも簡単に崩れ去り、クロを飲み込んでいった。
「さっ…いっ…け!」
クロが何やら叫んでいるが、音が反響して正確には聞き取れない。
急いで壁の先を見るが、そこには謎の空間が広がっており、その下は底が見えない暗闇が広がっているだけだった。
「クロッ!クロォッ!」
急いでクロの後を追おうと、その暗闇の中に飛び込もうとしたその時。何者かに肩を強く掴まれた。
私の肩を掴んだのはデータロウだった。
「辞めておいた方が良い、この下が何処に繋がっているのかも分かったものじゃない」
「でもっ!クロが死んじゃう!」
「少しは落ち着け」
データロウが私の頭を軽く小突く。
「いたっ」
「今から追った所でクロには追いつかない。それにあいつは最後に先に行けと叫んでいた。恐らく、クロには何か助かる算段があるんだろう。それならあいつを信じて俺たちは先に進んだ方が良い。データ的にもそれが最適だ」
そう言ってデータロウは鼻の根を軽く抑える。
確かに彼の言う通りだ。落ちているクロを後から追っていったとして追いつく訳がない。
一つ深呼吸をする。少し冷静さを取り戻した頭で考える。
クロはイカナ山で赤龍に谷底へと飛ばされた時だって冷静に対処をしていた。
この穴が何処まで続いているのかは分からないけど、今回だってきっとあの時みたいに何とかする筈。
そう自分に言い聞かせた。
「…ふぅ…取り乱した、ごめん」
「大丈夫だ、その気持ちは分からなくは無い。さあ、先に進もう」
そう言うとデータロウは歩き出した。その後にブレイブとマリーも続く。私も急いでその後に付いて行く。
「ノノちゃん!きっとししょーなら大丈夫ですよ!なんて言ったってししょーですから!絶対に戻ってきます!」
「そうだよノノ。クロなら大丈夫、彼はあの程度で死ぬ男じゃ無いよ」
「…うん、そうだね」
マリーとブレイブが私の事を気遣ってくれる。その気持ちは嬉しい。
だけど、同じ様に信じていたお父さんはあっさりと死んでしまった。きっと二人みたいに無条件に信じる事が出来れば楽なのだろう。
でも、どうしてもお父さんの事が頭をちらつく。
大丈夫、大丈夫と頭の中で何度も繰り返しながら、何とか皆に付いて行くので精一杯だった。
その後は順調に先へと進み、何事もなく最奥の五階へと辿り着いた。
「データによると、ここが最深部の筈だが…」
「なにもありませんね〜」
マリーの言う通り、今までは瓦礫等が散らばっていたりしたのだが、それも全く無く、ただただ広い空間が広がっているだけだった。
今までの階層との明確な違いは、辺りが明るく反対側の壁までしっかりと目視出来る事と、部屋の四隅にそれぞれここへと通じる通路がある事だろう。
「おっしゃー!付いたぜ頂上!!」
「やれやれ、アキラ君、君は先行し過ぎです」
「そうだよお兄ちゃん!ずるい!」
「兄さんも姉さんも、ダンジョンで騒がないでください」
反対側の通路からエノクたちが現れた。ほぼ同じタイミングでここへと辿り着いた所を見るに、恐らくあちら側でも魔物の襲撃が有ったのだろう。
彼らもこちらに気が付き、近づいてくる。
「やあ、データロウ。そっちはどうだった?」
「ああ、データ外の事ばかりだ。今の所地竜は見つかっていないし、魔物の大量発生も確認できない」
「成程。ならこっちの状況と同じ様だね。正直、残りの通路も同じ状況としか思えないな」
「データ的にも個人的にもその意見には同意だな…」
そう言うと、二人とも頭を悩ませ始めた。
「ん?そういやクロの奴はどうした?」
データロウとエノクの会話をつまらなそうに聞いていたアキラが、こちらにクロが居ない事に気が付いた様だ。
私はあの時の事を掻い摘んでアキラに説明した。
「そんな事があったのか…ま!クロなら大丈夫だろ!あいつは絶対にそれ位じゃくたばらないさ」
何の邪気も無く、心の底からクロを信頼している顔でアキラはそう答えた。
どうして皆そんなにクロを信じれるのだろう。私も、ブレイブだってまだ出会って一月も経っていないのだ。
マリーやアキラはもっと短い付き合いの筈である。
羨ましい。
私だって本当は彼の事を信じたい。いや、きっと誰よりも信じている。だからこそ無邪気に希望を抱けない。
「あれ?あんな所に椅子なんてあったかな?」
私が思考の沼に浸かりかけた時、ブレイブが困惑した声を上げた。
その声に釣られて、皆がブレイブの視線の先を見る。
「おかしいな。データにもさっき迄あそこには何も無かった…は…ず…」
反応したデータロウの言葉が尻すぼみに消えて行く。
それも仕方がない事だ。何故なら瞬きしたその瞬間に、そいつはまるで初めからその場に居たかの様に椅子に座っていたからだ。
「皆さんおめでとうございます。この様な場所まで遥々と、来て下さるなんて…ワタクシ感極まってしまいます」
パチパチと拍手をしながら、そいつはそう言った。
「ですが…残念です。皆さんと楽しくお喋りをする時間は無いのです」
そう言って椅子から立ち上がる。黒を基調としたスーツを着こなすその細身の男は、革靴の音をコツコツと鳴らしながらこちらに数歩近づく。
「ああ、そうだ。道中のワタクシからのプレゼントはお楽しみ頂けたでしょうか?」
心底愉快そうな顔で男は言う。だが、その言葉は聞き流せる物では無かった。
「…お前が」
「ハイ?」
「お前があの魔物を嗾けたのかッ!」
「ええ、ええ!勿論!おや?そう言えば貴方方が入られた時もう一人もうお一人いらっしゃった様な…」
心底馬鹿にした様な、見下す様な目線をこちらに向ける。そしてわざとらしく手を合わせて、その男は口を開いた。
「ああ!死んじゃいましたか!」
その言葉を脳が認識した瞬間、私は全力で地面を蹴った。
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