026 vsコソクザ
私の渾身の力を込めて放った拳は、一切の抵抗を感じる事なく受け止められた。
受け止められたと言うのも正確では無いのかも知れない。私の拳はスーツの男の体に、確かに命中した。
だけど、その拳によって発生する筈の衝撃や破壊は一切訪れる事なく、側から見ればまるで親しい友人の肩を叩いた時の様に、私は最初からその男に触っていたかの様にただただその男に拳を当てているだけだ。
「やれやれ、その程度ですか」
そう言うと男は軽く腕を振る。まるで羽虫を払うかの様に。
「ッ?!」
その何でも無い日常の動作に見えたただの払い。防御などする必要もない筈のその動作を何か嫌な予感がして、右腕で受け止める。
瞬間、骨の軋む音が聞こえた。そう認識した次の瞬間には私は吹き飛ばされていた。
「ノノちゃんッ!」
何とか受け身を取る事に成功する。けれど、ただの払いを受けただけ筈の右腕はじんじんと痺れ、額には嫌な汗が浮かぶ。
私の元にマリーが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?」
「…正直、あんまり大丈夫じゃ、ない」
この腕の痺れはすぐには治りそうもない。けど、相手も回復の時間をくれる気は無さそうだ。
スーツの男はその手に嵌める白の手袋を付け直しながら、こちらを見渡す。
「ふむ、雑魚ばかりとは言え、少し人数が多いですね…ならばこうしましょう!」
演技がかった、わざとらしい仕草で男が両手を広げる。
その手から何か小さな石の様な物を放り投げた。その石を中心にマナが急速に集まるのを感じる。
その石の正体を素早く看破したデータロウが口を開く。
「!まさかその石は…!」
「ええ、お察しの通り魔物の核です」
成程、今までもこうして魔物を出現させていたのか。だから突然魔物が現れた様に感じたのだ。
だが、まだ魔物が現れてもいないにも関わらず、感じるマナの量はここに来るまでに相手をした魔物とは比較にもならない程に多い。
そのマナの量はイカナ山で見た赤龍にも勝るとも劣らない程に感じる。
この間、男は一見隙だらけに見え攻撃のチャンスに思えるが、先程の私の攻撃を防いだ方法も、軽い攻撃が何故あれ程の威力を持っていたのかも分からない現状では手の出しようが無かった。
恐らく、皆同じ様に考えているのだろう。すぐさま攻撃に移る準備はしている様だが、今は相手の出方を窺うしかない。
その間およそ一分程だろう。だが、男から放たれるプレッシャーと、何が起こるか分からない緊張感によって、それは長い時間に感じられた。
悍ましい程のマナの塊となった魔石に対し、男がパチンと指を鳴らす。するとそれはみるみる内に形を持ち始め、巨大な魔物へと姿を変えていく。
それは体高二メートルを優に超えるかと言う程の茶色の堅牢な鱗を持つ竜だった。
「おいおい、あの時の地竜よりでけぇじゃねぇか!!」
「成程、データに当て嵌まらないのも当然か、こいつが意図的に作り出した竜だったとはな」
データロウやアキラ、エノクは地竜を見ても余裕そうな表情をしているが、近くにいるマリーからは明らかな恐怖心を感じる。
マリー程では無いにしても、ブレイブやツキとヨウもかなり緊張しているのが感じれる。
斯く言う私も手が震えている。また父の時の様になったらどうしよう…そんな思いが頭を巡るが…。
手を、痺れていない左手をグッと血の滲むほど強く握る。
私はもう、あの時の弱い私じゃ無い。どうすればこの男を倒せるか検討も付かないけど、必ず私が倒す!
「さあ、行きなさい地竜たちよ、このコソクザ様に逆らった愚か者共を駆逐しなさい!」
コソクザと名乗った男の号令で二頭の地竜がこちらへと勢いよく向かって来る。
「ハッハー!!お前も昨日の地竜の様に真っ二つにしてやるぜ!!一頭は俺たちに任せろ!!」
そう言うや否やアキラは地竜へと飛びかかった。
「やれやれ、アキラ君は本当に落ち着きが無い…もう一頭は僕が受け持とう、君たちはあの男を頼む」
そう言ってエノクも地竜への攻撃を始めた。炎の柱が地竜に襲い掛かる。そんな彼らを見てデータロウは溜息を吐く。
「はぁ…仕方ないが、データ的にもそれが最適だろう。俺とノノで奴、コソクザの攻撃を凌ぐ。マリーとブレイブは隙を見て攻撃を頼むよ、コソクザを倒し切らなくても良い、時間を稼いでアキラたちが地竜を倒してから、みんなでコソクザを倒すのが最善だ」
そう言ってデータロウは私たち三人の顔を見る。マリーは不安ながらに、ブレイブは力強く頷いた。
私もその意見には賛成だ、右手の痺れはまだあるが、それでも攻撃を凌ぐ位は出来る筈だ。
「…分かった」
「よし!行くぞ!」
そうしてコソクザとの戦闘の火蓋が切って落とされた。
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深く暗い、深い深い闇の広がる場所。そこに一つの魂が存在した。
既に己の肉体は朽ち果て、嘗て友であり敵であった存在に縋るだけの、いつ消えても不思議では無いその魂は、それ故に心の奥底から欲望をぶちまける。
『そうだ!それで良い!!憎き…を全て消し去れ!私こそが、全てなのだ!さあさあ!憎きあの…も!私の全てを奪い去った…を全て消し去れェ!!』
魂の叫びは誰の耳にも聞こえる事は無く消えてゆく。だが、それは世界を確実に蝕み始めていた。
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「“
データロウが幻影の騎士を召喚する。
「ほぉ!やはり実に興味深い魔法です、が、、、所詮は唯のお遊びの様な物…ほら」
コソクザが指を鳴らす。すると幻影の騎士は時を逆さまにしたかの様に、消えてゆく。
「チッ!面倒な術だ、データに無い」
「所詮人間などその程度なんですよ、自分の常識にない事に対応が出来ない」
そう言いながらデータロウにコソクザが接近し、腕を振り上げる。
私はその攻撃を、受け流す事で何とか逸らす。ゆっくりとした、凡そ力が入っているとは思えない攻撃だ。
にも関わらず、まるで鉄の塊を受けているかの様に重たい。
「すまんノノ、助かった」
「…ん」
戦いが始まってからずっとこれだ。こちらの魔法を消し、攻撃を仕掛けて来るが致命的な一撃は放ってこない。
今の攻撃も私が受け流せる程度のもの。あくまで直感に過ぎないが、コソクザはその気になればいつでも私が防ぎ切れない一撃を放てる筈だ。
なのに、それをしてこない。出来ない…では無く完全に遊ばれているのだ。
その証拠にコソクザの目は虫を見る様な、凡そこちらを脅威と思っていない物だ。
マリーとブレイブも攻撃の隙を窺っているが、現在では近づく事さえ困難だ。
「ちっ、八方塞がりか」
「そうそう、このコソクザ様の前では全てが無力なのですよ!!」
両手を上げ、高らかに笑い出す。そのコソクザの背後に、いつの間にかブレイブが立っていた。
だが、それは可笑しい。私は背後を見る。そこにはやはりマリーと“ブレイブ”が確かに居る。
そんな私を見てデータロウがニヤリと笑う。
「何も再現出来るのは騎士だけじゃ無いんでな」
あの時データロウが召喚した幻影は騎士だけでは無かったのだ。
ブレイブがコソクザに向かって剣を振り下ろす。
「!?」
それを直前で察知したコソクザは“ブレイブの方を向き”攻撃を受け止めた。
結果としてはやはり攻撃は一切通ってはいない。だがその行動には強烈な違和感があった。
「危ない危ない!何度やっても無駄だと分からないのですかね」
(…何故?)
今まで何度も攻撃しても、剣だろうが拳だろうが、魔法だろうが全て簡単に受け止めて、効かないアピールをしていた筈のコソクザが、何故わざわざ正面で受け止めたのか?
コソクザが無敵の存在であるのならば、その様な行動は不要な筈だ。
そんなの一つに決まっている。
「成程、そう言う事か!」
データロウも同じ結論に至ったらしい。コソクザがブレイブに向かって反撃を繰り出そうとしている。
私は丁度こちらに背を向ける形になっているコソクザに向けて駆け出し、思いっきり左手を突き出した。
「!」
やはり、反撃を中断してわざわざこちらを向いて拳を受け止めた。
「効かないって言ってるだろうがよォ!!」
今までずっと余裕綽々の態度だったコソクザが、ここに来て始めて苛立ちの籠った声を上げる。
思った通り、コソクザは正面、もしくは視界に入る範囲でしかその能力を発揮出来ないらしい。
「“
またも反撃に入ろうとしたコソクザだったが、透かさずデータロウが幻影の騎士を召喚して背後を狙う。
「チィッ!!!」
煩わしそうに、今までとは違い乱雑な手の動きで騎士を払いのける。
ただ振り払われただけの筈の騎士は、勢いよく吹き飛び霧散した。怪力は健在のようだ。
だが、これで戦いやすくなった。奴の攻撃にさえ気を付けて、背後を狙い続ければ勝ち目はある。
ちらりをアキラたちを見れば、苦戦をしている様だがこのままいけば順当に勝つだろう。
そうなれば更に戦い易くなる、人数さえ増えればこちらの物だ。
「いい加減に煩わしい!ただの人間の分際で!!」
コソクザの動きは精細さを無くし、単調になっている。
先程よりも読み易い。私、データロウ、ブレイブの三人で上手く背後を取りながらコソクザを追い詰める。
「ちょこまかと!クソ雑魚の分際デェ!!!」
大振りになった攻撃を、体を捻って躱す。地面に当たった拳が、ダンジョンの床を砕き勢いよく破片が飛び散る。
飛び散った破片が頬に当たり、肌を切り裂いた。鋭い痛みが走るが、こんな物どうだっていい。
「えいっ!」
「ナニィッ!?」
更に追撃をして来ようとしたコソクザの背後に回ったマリーが、可愛い掛け声で短剣を振り抜く。
マリーの事は完全に意識の外に出ていたのか、驚愕の声を上げる。
短剣自体は空を切ったが、それから発生したマナの刃がコソクザに襲い掛かった。
「グゥ!?」
その刃は完全に標的を捉え、その背を切り裂いた。
「やりました!」
そう言って距離を取る為その場から離れるマリー。
これなら行ける、そう皆が思った。
「いてぇだろクソガキ」
「え?」
瞬きなんてしていなかった。だけど、気が付けばコソクザはマリーの背後に立っていた。
あまりに唐突な事で脳の理解が追い付かない。
マリーも同じなのか、その場から動けないでいる。
「取り敢えず死んどけよ」
コソクザは握った拳の甲をマリーに向けて振り抜いた。
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