022 初ダンジョン

 最近素振りングタイムを中々取れない俺は考えた。頭の中でならいつでも素振りが出来るではないかと。

 これは素晴らしい。今までの素振りエクスペリエンス(経験)も手伝って、かなりリアリティのある素振りを脳内で再現する事が出来たのだ。

 名付けて想像の中の剣ドリームソードと言ったところか。略してドリソ。うーんイカす。

 流石に実際に剣を振る事の一万分の一程度の素振り感しか得られないが、それでもこうして架空の素振り成分を取り込む事で、素振り不足による手の震えは収まるのでやらないよりはマシである。


 エなんとかの後に付いて行き、辿り着いた大きな部屋にいたアキラ(だったと思う)に肩を叩かれ、彼の変態っぷりを再認識した辺りで俺は既に素振りの欠乏感を感じ始めた。

 仕方なくドリソって居たらいつの間やら話が終わっていたらしく、どっかのダンジョンに行く事になったらしい。

 ダンジョンって初めて行くな〜、割と楽しみである。だって財宝とかあるらしいし、アーティファクトとか言う便利道具が落ちてる事もあるらしい。

 何処でも素振りが出来るアーティファクトとかあるかも知れないし。楽しみである。


「あ、あの〜、ししょぉ…本当に私もご一緒して大丈夫なのでしょうか?」


 道中で何やら不安げなマリーから何度もそう言った事を聞かれた。

 分かる、分かるよ。きっとマリーも初めてのダンジョンなのだろう。初めての事に緊張するのはとても分かるが、案外大丈夫なものだ。

 それに多分そんなに強い魔物とか出て来ない所だろう。俺たちは戦うのが目的では無く、お金を稼ぐ為に依頼を受ける予定だったはずだ。

 なら多分財宝ざっくざくのちょろダンジョンとかに行く事にしたのだろう。

 その証拠にやたらと人数がいるし、きっと俺たちだけだと財宝を持ち帰りきれない位にざっくざくなのだろう。

 ならば人数は多い方が良いのだ。


「…問題ない」


「うぅ、ししょーがそう言うのであれば…この不肖マリー!精一杯頑張ります!!」


「…期待してるぞ、マリー」


「!はい!」


 うんうん、やる気があっていい事だ。まあマリーはそんなに体が大きくないから一杯財宝を持つ事は出来ないかも知れないけど、こう言うのは人が居れば居るほど良いのだ。

 俺も初めてだからよく知らんけど多分そうなんだろう。ああ、楽しみだ、財宝といえば宝石類もあるかも知れない。宝石って硬いらしいけど剣で切れるかなぁ…試したいなぁ…。


「…クロ楽しそう?」


「…ああ、少しな」


「…あのダンジョンに何かあるの?」


「…宝石があるだろうな」


「…宝石?」


 やれやれ、ノノも本当は分かっているだろうに。いや待てよ?もしかしてノノもダンジョン初めてなのかな?

 ふふふ、きっとびっくりするぞ。俺も今から楽しみだ早く着かないかなぁ。


「…急がなければな」


 無くなると言う事は無いだろうけど、やっぱり楽しみだ。歩く速度を上げようとして、目的の場所を知らない事に気が付いて辞める。


「クロ、君はこの先のダンジョンに何があるのか、分かるのかい?」


 何やら難しい顔でブレイブが話しかけてくるが、俺が知ってる訳無いだろ。ただダンジョンに存在するであろう宝石を剣で斬れるか試したいだけだ。


「…剣、いや…何でもない」


 そのまま口に出そうとして、気が付く。よく考えたら財宝はお金になるんだろうし、素直に言えば反対されるかも知れない。

 なのでバレないようにこっそり試そう。そうしよう。


「そうか…」


 そう言うとブレイブは更に眉に皺を寄せて考え始めた。もしかすると彼もまた、俺の様に宝石を売るか斬るかで悩んでるのかも。

 お金の管理はブレイブがしているし、きっと俺の様に簡単に斬ろうと思えないのかも…可哀想に、一緒にこっそり試し斬りしような。


「着きましたよ皆さん。あれがリヒトの塔です」


 エノ…何だっけ、確か三文字の…そう!エノキ!確かエノキだ。よく見れば髪型もエノキ感があるし間違いない。

 その先頭を歩いていたエノキが足を止め、指を差す。

 その指の先を見れば、そこには如何にも古そうな大きな石造りの塔が建っていた。おっきーなー。

 おお、感じるぞ、財宝の気配をビンビンに!


「…感じるな」


「流石クロさんですね。あの塔から溢れる可笑しな気配にすぐに気が付きましたか」


「…ああ」


 あ、そうなん?エノキに言われて改めて見てみると、確かになーんかマナの流れが可笑しいと言うか、なんかモヤっとすると言うか変な感じはするな。

 他のダンジョンを見た事ないからよく分からんけど。


「データによると中は大きく四つの通路に分かれている様だ。最終的には全て最上階の広間に出る様だが、効率よく探索する為に二手に分かれよう。そうすれば上りと下で全ての通路を通るからな」


 データ君が眼鏡をくいくいする様な動作をしながら、ダンジョンの事について説明を始めた。眼鏡掛けてないのに。


「なぁ、最初から全部の通路に分かれれば良いんじゃねーか?」


「アキラの言う事も分からなくは無いが、地竜が出るかも知れない以上、あまり戦力を分散させ過ぎるのはデータ的にも良くないよ」


「そっか、じゃあ仕方ねぇな。なら俺はクロと組むぜ!」


「ハァ、アキラ、それだと人数が偏り過ぎるだろう!データ的に考えて俺とクロチーム、そしてエノクとお…アキラのパーティーで分かれるのが、その、データ的なアレだ!」


 データ的なアレらしい。まあ良く聞いて無かったけどデータ的なアレがあるのならそれが一番問題無いんだろう。


「…問題無いな」


「まあ、僕としてもデータロウの意見には賛成です」


 そうなった。







「じゃあ開けるぞ」


 データ君が一声掛けて塔の扉に手を掛ける。見た目のボロ、古さに反してすんなりと扉は開いた。

 扉、すんごい錆びて見えたから下手をすれば開かないのでは?なんて思ったが、そんな事は無いらしい。

 これがダンジョンなのだろう。不思議だな〜。

 塔の中は外から見る以上に広かった。外観と同じく石で作られている。入ってすぐの広間から幾つかの通路が伸びている。


「はぇ〜、見た目よりも広いんですね〜」


 マリーも同じ事を思った様だ。


「ああ、データによるとダンジョンの内部は、外観よりも広く、大きい場合が多い。詳しい事は分かって無いが、ダンジョンの特殊なマナによる物だとデータ的には言われているな」


 すかさずデータ君が説明してくれる。成程、データ的にはそうなんだな、うんうん。よく分からんけど。


「じゃあ、予定通り二手に分かれましょうか。僕たちは右手の通路から探索します。行きましょうお兄ちゃん大好きクラブさん」


「あ、ああ、出来れば名前で呼んでくれないか?」


「じゃあ俺たちは左の通路に向かおう」


 俺たちはデータ君の後に続いた。


 通路に入ってすぐに階段が現れた。階段を上がると入って来た時の様な広間になっていた。

 かなりの広さがある様に見えるが、内部は薄暗い為に端まで見えない。寧ろ外からの光が一切入らず、光源も見当たらないのに仄かな明るさがある事が不思議である。

 まさか、俺の隠された能力が発言したのか!?ククク、恐れよ。


「光源も無いのに、何で明るいんでしょう?」


「ああ、これはダンジョンに寄って差はあるけど、ダンジョン内部のマナが僅かに発光しているからとデータには出ているね。このダンジョンは少し暗い方だな」


 ククク、違った。ダンジョンの隠された能力だった様だ。ダンジョンってすげー。


 更に奥へと進む為に、広間を進んでいると何かの気配を感じたので剣を構える。

 ノノもそれに気が付いた様で、臨戦体制を取っていた。


「?クロ、何か来るのかい?」


 ブレイブとマリーはまだ気が付いて無いみたいだ。周りも暗いし仕方が無い。


「…囲まれてる」


 ノノがそう口に出した時、目に見える範囲に魔物が現れた。それは立派なツノを持つ鹿型の魔物だった。

 ノノの言った通りに囲まれている、その数ざっと十五匹程。鹿型にしては珍しく、俺と同じくらいの体長がある。角を合わせれば俺よりも大きい。こんなに大きな魔鹿は初めて見た。


「これは…データによるとグレイトホーンだな。あまり強くは無いが、数が多いなデータ的にここは…おいっ!」


 魔物の姿が見えてすぐに、俺は駆け出す、データ君が何か言ってるけどまあ良いだろう。

 一番近くにいた魔鹿の首を斬り落とす、そのままの勢いで隣の魔鹿の首を斬り落とそうとしたが、すんでの所で躱される。

 流石に素早い。鹿型の魔物は素早さが強化されている傾向があるが、それにしても早過ぎる。これもダンジョンの特性なのか。

 焦る必要もないので、こちらも少し距離を取って体勢を整える。


「…フッ!」


 隣を見ればノノが魔鹿を吹き飛ばしていた。今日も絶好調の様だ。


「ああもう!君たちは!ブレイブ!マリー!君たちは無理のない範囲で戦ってくれ!」


「了解した!」「はいっ!」


「データ魔法!再現リプロダクション!!」


 データ君が何やら唱えると、彼の目の前に巨体の騎士が現れた。威圧感が凄い。

 その騎士は大きさに見合わない素早い動きで魔鹿に迫ると、一撃目は避けられていたが、二、三と蓮撃し魔鹿を仕留めていた。

 あの騎士…斬り甲斐がありそうだな…。などと無駄な事を考えていると、それを隙と見たのか魔鹿がこちらに迫って来た。


(ちゃんと見てますよっと…)


 その突進に合わせて首を斬る。大きくて素早いだけでそんなに強くないなこいつら。

 マリーとブレイブの方を見ると、二人とも苦戦しながらもどうにか戦えている様だ。

 剣を構え直し、俺は残りの魔鹿に向かって駆けだした。






 物の数分で魔鹿を殲滅出来た。魔鹿たちは絶命と共に体を霧散させ、小さな石を落として消えてしまった。話には聞いた事があったが、これがマナ生命体か、肉が食べれないのが残念だ。

 殆どは俺とノノ、それにデータ君が倒したが、マリーとブレイブもなかなかに奮闘していた。


「はぁはぁ…疲れました…ししょーたちやっぱり凄いです…」


「…マリーも二頭も倒してた、凄い成長…えらいえらい」


「えへへ〜!ノノちゃんに褒められちゃいました!」


 マリーはノノに褒められて嬉しそうに頬を緩めていた。

 それにしても…俺もノノも魔物の気配には敏感な筈なんだが、囲まれるまで気が付かないとは、まるで突然現れた様にも感じた。


「しかし、データよりもグレイトホーンのサイズが大きい様に感じたな。素早さも通常よりも高いような…くっ、こんなのデータ外だ!」


「…突然現れた様にも感じた、普通のグレイトホーンじゃ無いのかも」


「確かノノと言ったね、君もそう感じたか。実はデータ魔法で周囲を探知しながら進んでいたんだが、僕のデータ魔法も突如感知したんだ。やはり、この地で異常が起きているのは間違い無い様だね」


 やっぱりデカかったんだなぁ。あんなに大きかったら沢山肉が食べれたのに…あ、でも大き過ぎると味が悪くなるかも知れないし、美味しかったとは限らないか。

 それにしてもおしっこしたい。ささっとして来るか。


「…クロ何処に行くの?」


「…少しな」


 んもう!おしっこよ!漏れそうなんだから引き止めないでよね!あ、でも付いて来られると恥ずかしいな。


「…すぐに戻る」


 これでよし!俺は早足でおしっこできる場所を探した。


 幸いにもちょっと広間の端の方へ行けば、折れた柱などが散見しており、その影なら見られずに用を済まされそうだ。




---現在お映しできない状態です。少々お待ちください---

じょぼんぼじょぼんぼ、じょぼぼぼぼぼ




 ふぅ〜!すっかりしたぜぇ!しっかりと相棒を左右に振って最後の一滴まで出し切る。

 その時不意に視界の端に白い物が目に入った。しっかりと相棒をズボンの中にしまってそちらを見る。

 暗くてよく見えないので顔を近づけると、その何かの正体がはっきりとする。


(うおっ!)


 それは白骨の死体だった。状態から見てかなり古い物だろう。きっと財宝を取りに来て、志し半ばで…と言った所だろう。

 でも隣でおしっこしちゃってごめんね?ちょっと我慢の限界でサ。


(ん?)


 そしてその亡骸の横になにか布に包まれた物が立てかけられている。

 ま、まさか財宝か!?まあ?このお宝もどうせなら人に使って貰いたいだろうし?仕方ないから俺がその意思を引き継いでも問題ないだろう。


 少しの申し訳無さと、大きなワクワクを胸にその布を剥がす。

 その中から出て来たのは一振りの剣であった。


(おお)


 財宝で無いのは少し残念だが、これはこれで嬉しい物だ。

 派手な装飾は無く、実に実用的な剣だ。亡骸の状態に反比例する様に、やけに綺麗な剣だ。

 鞘から抜いて見れば、漆黒の刀身が姿を表す。剣の腹には稲妻の様な刃紋が入っている。

 外見と同様に、その刀身は錆も欠けも一つもない、まるで新品の様な輝きを放っている。

 控えめに言ってカッコ良過ぎる剣だぁ…。そのまま柄を実戦さながらに握り、振ってみる。


(ん?)


 二度、三度と振って、鞘に戻す。うん、カッコいいけど短いし軽すぎるなコレ。

 普段から大剣を振るっている俺に取って、この剣は全てにおいて物足りなかった。

 素振りするにしてもちょっとなぁ、まあブレイブにでもあげるか。こんなに綺麗な剣を仏さんと一緒にしておくのは勿体ないし。

 亡骸に手を合わせて、一言声を掛ける。


「…この剣は、連れて行くな」


 きっとこの剣の持ち主もその方が嬉しいだろう。何と無く周りの明かりが少しだけ、暖かい物になった気がした。

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