020 ちゃんと変態なんだなぁ

 俺達はエノクの後に続いて歩く。どうやら彼はギルドの奥へと向かっているようだ。


(しかし、先程クロの言った“始まった”とは何の事だろうか)


 俺はその事が気になって仕方がなかった。彼の言うことには必ず意味が有る。その真意を問う前にエノクに話しかけられてしまったが。


「さぁ、ここだ君たちも入ってくれ」


 そう言って、他の部屋に比べて重厚な扉の部屋の前でエノクが停まる。俺達がちゃんと付いてきているのを確認し、その扉を開けた。


「はぁ、そんなの僕のデータには無いぞ!!」


「そんな事言ってもなぁ、居たもんは仕方ないだろ」


「まあそうだが…」


 部屋の中では何やら二人の男が言い争う様な声が聞こえてくる。その内の黒髪の男が俺達に気が付く。


「君か、待っていたよ…ん?後ろに居るのは誰だ?」


「やぁ、データロウ。彼らは今回の助っ人さ、腕の方は保証するよ」


「そうか、まあ君ほどの実力者がそう言うのであれば文句は無いよ」


 データロウと呼ばれた黒髪の男は俺たちのことを訝しんでいたが、エノクがそう言うとすんなりと受け入れた様だ。

 そのデータロウと言い争っていたもう一人の人物、特徴的な明るい橙色の髪をした男もこちらを見る。

 俺たちを観察するように順番に見る。そしてその視線がクロに重なった所で、その目を見開いた。


「おお!クロじゃないか!!お前も一緒だなんて嬉しいぜ!!」


「…アキラか」


 嬉しそうな顔でクロに話しかけ、その肩をバンバンと叩く。心成しかクロも少し喜んでいる様に見える。

 マリーの時も思ったが、彼はいつの間に知り合いを増やしているのだろうか。ノノや自分の時だってそうだった。少し目を離すと誰かと仲良くなっている。

 なにか彼には人を惹きつけるフェロモンが出ているのかも知れない。


「ん?もしかして後ろにいるのはクロの仲間か?」


「…ああ」


「そうだったのか!どうも俺はアキラって言うんだ、よろしく!」


 クロの後ろにいた俺たちに気が付くと、アキラと名乗ったその青年は朗らかな笑顔でこちらに手を差し出してくる。


「ブレイブです。こちらこそよろしく」


 その手を取り、こちらも名乗る。


「…ノノ、よろしく」


「えっと、師匠の弟子のマリーです!」


「ブレイブにノノにマリーだな!よろしくよろしく!」


 そう言ってノノとマリーにも握手をする。この短い間だけでも彼が裏表の無い人物だと言うのが伝わってくる。

 そのアキラの後ろに居た二人の少女の内、白髪の少女がクロを見て思い出した様に声を上げる。


「あっ!この前お兄ちゃんと一緒にいた人だ!どうも妹のヨウです!こっちは妹のツキ!」


「どうも、よろしくです」


「…ああ」


 どうやら彼女たちはアキラの妹だった様だ。白髪のスレンダーな少女がヨウ、そして黒髪の発育の良い少女がツキと言うらしい。

 『お仲間の皆さんもよろしくです!』とこちらにも挨拶をする。ヨウはアキラと同じく明るい性格の様だ。

 いつまでも入り口で話す訳にも行かないので、部屋の中へと入る。

 室内は執務用と思われる机が置かれており、その前に大人数で使うことを想定された長机が置かれていた。

 長机には左右にそれぞれ五つの椅子が置かれている為、会議などで使う事を想定しているのだろう。手前側の椅子にエノク、俺、クロ、ノノ、マリーの順番に、反対側にはデータロウ、ヨウ、アキラ、ツキの順番で席に着いた。

 席に着くとエノクとデータロウは何やら話し始めた。どうやら近くのダンジョンや生態のことに付いて話している様だ。


「皆さんはパーティーを組んでるんですか?」


 何となく手持ち無沙汰にしていると、ヨウから質問が飛んできた。

 そう言えば活動を同じくしているが、まだパーティーを組んでいなかった。

 パーティー、冒険者同士が手を取り合い依頼や討伐をこなす為に組んだチームの事をそう呼ぶ。

 パーティーを組みたい者同士で署名し、ギルドに提出すればパーティー結成となり、活動もパーティー単位での物が中心になる。

 パーティー名を売る事で依頼を受けやすくなるメリットもある。

 だが、正直今の俺ではクロとパーティーを組むのはあまりにも、時期尚早な気がするのだ。

 今の自分と彼とでは実力が離れ過ぎている様に思う。


「…組んで無い、ヨウたちは組んでいるの?」


 俺が何やら考え込んでいる内にノノが答えた。そして、ヨウはノノの言葉を待っていましたとばかりに胸を張り、声を上げた。


「勿論!私たち兄妹は『お兄ちゃん大好きクラブ』ですから!」


 ん?


 ヨウのその言葉に時間が止まった様な静寂が訪れる。恐らく皆、脳が理解するのを拒否しているのだろう。


「…え、と…なんて?」


 ノノが何とか声を絞り出した。


「『お兄ちゃん大好きクラブ』です!本当は『妹好き好きクラブ』の方が良かったんですけど、お兄ちゃんが反対するので仕方なくこの名前になりました!」


 ヨウのその言葉にツキはうんうんと頷いている。アキラを見ると頭を抱えていた。彼も苦労しているんだな…きっとここにいる皆が思ったに違いない。


「…あ、そ、そうなんだ…良い、ね」


「はい!お兄ちゃんの事は大好きなので!!」


「…そ、そう言えば、何でメイド服着ているの?」


 きっとノノは話題を変えたかったのだろう。俺もこの姉妹が何故メイド服を着ているのかは、挨拶された時から気になっていたのだ。


「!んふふ!これはですね!」


 だが、それは失敗だったのだ。


「私たち妹はお兄ちゃんのメイドですので!!」


 先程以上の沈黙がその場を支配する。

 少しして皆が静かにアキラを見る。特にノノとマリーの目は冷ややかだった。


「あの、これは…ちがくってェ…」


 消え入る程小さな声でアキラが何かを言おうとしている。本来であれば聞こえる様な声の大きさでは無いのだが、この静寂が故にしっかりと聞こえてきていた。



(((((((ちゃんと変態なんだなぁ)))))))


 お兄ちゃん大好きクラブを除いた皆が同じ事を思ったのだった。

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