閑話 伝説の雀鬼

 ソノーヘンに来てから数日経ったある日の事。

 何やら寝つきが悪く夜中に目が覚めてしまった。もう一度寝ようとしてもなかなか寝付けないので、俺は散歩に行くことにした。


(夜風が気持ちいいな)


 街灯も疎にしかついておらず、街は何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

 まあ、山で育って来た俺にとってはあっても無くても大差は無いのだが。

 あの田舎の村に街灯などあるはずも無い。月明かりだけが唯一の光源だったのだ。


 行く当ても無くぶらぶらと町を歩く。気が付けば見覚えの無い場所に来ていた。


(思いの外歩き過ぎたかも…)


 すぐに宿まで引き返そうかと思ったが、星空がやけに綺麗だったので少し眺めていく事にした。

 明かりの付いていない街灯に背を預けて星空を見る。流石に村よりは星は見えないが、それでもまた村とは違う良さがある。


(さて、そろそろ帰ろうかね…)


 そう思い、その場を離れようとした時だった。


「お前が伝説の代打ち、漆黒の雀鬼クロウだな?」


 不意に後ろから声を掛けられる。振り返ると怪しげなローブに身を包んだ男が立っていた。

 あまりにも突然の事だった為よく聞き取れ無かったが、「クロ」と俺の名前を呼ばれた気がする。

 俺が覚えてないだけで何処かで出会った人物だろうか?取り敢えず返事をしておく。


「…ああ」


「そうか。聞いていたよりもデカいな。まあ、良い。着いてこい」


 そう言って男は歩き出す。着いてこいと言われたので取り敢えず着いていく事にした。






 裏路地を通り、何やら怪しげな扉を通り階段を降りたその先が、この男の目的地であるようだった。

 そこにはやたらと個性的な髪型をした四人の男が机を囲み何かのゲームに興じていた。

 俺を案内したローブの男が口を開く。


「約束通り、来てやったぞ」


「ああん?来てやっただと?!偉そうに!今すぐに殺したって良いんだぜぇ?!」


 すると一番近くにいたモヒカンの男が怒号を飛ばす。


「まあまあ、良いでは無いですか…どの道今日のゲームに負ければ全財産がこちらの物になるのですから」


 宥めるように長髪の男が言う。


「ファファファ!しかしまぁ可哀想よのぉ!友人が逃げ出した所為で命を掛ける事になるんだからのぉ!」


 ハゲた男が嘲笑う。


「まあいいか!もう決着が着く!少し待っていろ!」


 モヒカンがそう言うと、皆ゲームを再開し始めた。

 何やら小さな四角い石を順番に取り、机の真ん中に並べて出している。

 よく見ると石には何やら文字や絵が描かれている。何かの儀式だろうか?

 唯一まともそうな男がその石を真ん中に出した時、ハゲが得意げに声を上げる。


「ファファファ、ロンだの。お前の負けだのぉ」


「うわああああ!!嫌だ!嫌だ!もうあんな所には戻りたく無い〜!!」


「あらあら、貴方がいけないんですよ。借金を返せないと言うから最後のチャンスをあげたんです。しかし貴方は負けた。ならば地下の労働施設にて働いてもらいます」


「嫌だ!もうあんな、人をまともに扱い、三食食事も出て、規則正しい生活をさせられ、真人間の様に扱われる場所は嫌だぁぁああ!!働きたく無ぃい!!!」


「クソニート野郎が!!働きやがれ!!!おい、連れて行け!!!」


「ハッ!」


 何処からとも無く黒い服の男が現れて、まともそうに見えた奴を何処かへと連れ去って行った。

 石の絵を見るのに夢中で全く話を聞いていなかったが、あの叫びを聞くにきっと恐ろしい場所へと連れて行かれたのだろう。

 恐ろしい儀式だ。


「さあさあ、今度は貴方の番ですよ」


「すまねぇが俺はたねぇ。助っ人を連れて来てるんでな」


 そう言ってローブの男は俺を見る。それに釣られ部屋の全員の視線が俺へと集まった。


「ファファファ、こんなガキがワイらの相手になるかのぉ?」


「こいつぁあの漆黒のクロウだぜ」


「なぁにぃ!?このガキがあの伝説の!?」


「まあまあ、にわかには信じられませんねぇ…」


 ローブの男のセリフで皆一様に驚愕の表情を浮かべる。伝説って?


「ファファファ、面白くなってきたのぉ!あの伝説と相見えようとは!!さぁさぁ!麻雀を始めようかしあおうか!」


 伝説って?





------






 モヒカンがトレードマークである、リッパナリヤ・モヒカーンは恐怖を感じていた。


(はっきり言ってそいつが伝説の男だと分かるその前、部屋に入って来た段階で只者では無いのは分かっていた)


 リッパナリヤの本業は道具屋である。小物から旅道具まで、何でも揃うで評判の彼の店は客足が途絶えない。

 口は悪いが人の良い彼は困っている人間を見過ごせない。その為身元のはっきりしている人間にだけ金貸しを行なっていた。

 だが、リッパナリヤの人の良さを逆手に取り、金を返さない人間が多かった。

 それを良しとしなかった商工会の友人であるスキンヘッドが特徴の、ハゲ・デハナイと、長髪だが実はそれは左右の禿げを隠す為の苦肉の策である、カミーガ=カナリヤ・コウターイの二人がこうして一攫千金のゲームだと言って債務者を誘き出し、ゲームに負けた者に店舗の裏方業務をさせ返させる事を発案したのである。


 債務者たちは一攫千金と言えば面白い程顔を出した。三人のゲームの腕前が高い事もあり、借金の回収率はかなりのものだった。

 そして今日、友人が夜逃げした為に保証人であるカナリ・カネナイがやって来た。

 リッパナリヤはカナリが家の事で苦労しているのを知っていた。その為適当に負けて借金はチャラだと言って適当に返すつもりだったのだ。

 だが、カナリは伝説の男を連れて来た!裏の世界では知らない者の居ないと言われる伝説の男、漆黒の雀鬼クロウ!

 そもそも負けるつもりだったのだから誰であろうと関係はない。無いが、男ならば伝説と呼ばれた男を前にわざと負けるなどと言う事は出来ない。

 三人とも本気で打っていた。本気だというのにも関わらずだ。全くクロウには通じない。


(やはり化け物だコイツは!何を打っても和了あがれる気がしねぇ!気が付いたらヤツが和了ってやがる!)


 ざわわざわわ。クロウが牌を取る度に空気がざわつく。三人はそれを感じ取っていた。


「クッ…!」


「…」


 ハゲが苦し紛れに牌を出す、がクロウは無言で牌を倒す。それはハゲの出した牌が和了りの牌だという事だ。


「な、なにっ!?」


「…失敗した」


 挙げ句の果てにはこれである。ここまでずっと連続で和了っておいて失敗したなどと宣う。

 三人の心は折れていた。伝説などに挑むなぞ、自分達には十年、いや百年は早かったのだ。


「…眠い、帰らせてもらう」


 そう言って伝説は席を立つ。まだゲームの途中だが、それを止める者はこの場には居なかった。

 ただ、部屋を出て行く伝説の背中を見届ける事しか出来なかったのだ。


「やれやれ、あれが伝説ですか。想像以上でしたね」


 伝説が去った後、カミーガが口を開く。その言葉には諦観の念がこもっていた。


「出来ればもう二度と会いたくは無いな」


 リッパナリヤの言葉に二人は大きく頷いた。少なくともこの町ではトップの実力を持っていると言う自負があった。だが、それを眠くなると一蹴される程の実力差がそこにはあったのだ。






------






 眠くなったので途中で抜けてしまったけど大丈夫だろうか。

 あまりの眠さに石を何度も倒してしまった。その度にやり直しになっていたので流石に申し訳なかったのだ。

 何故か石を倒す度に木の棒をくれてたけどあれは何なんだろうか。何かの罰だったのかもしれない。


(まあいいや、兎に角帰って寝よう)


 そうして俺は宿に戻り、この日の事を思い出す事は二度と無かった。

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