(30)魂の軌跡

 GCS司令部から出撃許可を得た「シルフィード:パールヴァティ」は、全速で真のゲートキーパーのいる宙域へと向かっていた。アリスの意識は、ユキ・セラ大尉が遺した「狂気の英知」、そしてエヴァンジェリンが解析した「論理の矛盾」という、二つの絶対的な情報に挟まれていた。


「パールヴァティ。全ての演算を『生還のアルゴリズム』に集中。ユキ大尉の殲滅理論は、奴の『論理』を破るための『道具』として使う。」


 アリスは、自身の「生への愛」が、ゲートキーパーの攻撃精度を高めるという恐怖と闘っていた。彼女が生きようとするほど、ゲートキーパーは彼女を殲滅しようとする。これは、「愛」という名の自己破壊競争だった。


 その時、眼前に「真のゲートキーパー」が出現した。


 その姿は、以前の静止した幾何学きかがく構造ではなく、ユキの「ニュクス」を彷彿ほうふつとさせる、流麗かつ殺意に満ちた戦闘形態へと変貌していた。全身の装甲が、ユキの「宇宙を斬る剣術」の軌道予測線を示すかのように、禍々まがまがしい藍色の光を放っている。


「…奴が、ユキ大尉の剣を…」


 アリスは、息を呑んだ。


 ゲートキーパーは、人類の艦隊を無視し、パールヴァティに照準を合わせた。その動きは、無駄な予備動作が一切ない、完成された殺意そのものだった。


《殲滅対象:『愛のノイズ発信源=パールヴァティ』。殲滅論理:『シルフィード・プロトコル』、精度100%》


 ゲートキーパーから放たれたのは、ユキの得意とした「対質量加速粒子砲」だった。その速度、軌道、エネルギー密度、すべてがユキのデータ通りであり、GCSの迎撃システムでは対処不可能だ。


「予測軌道、完璧。ユキ大尉の魂の軌跡だ…!」


 アリスは、「殲滅論理」をシステムに展開させた。彼女の意識は、一瞬、ユキの感情に引きずり込まれそうになる。


《散るのだ、アリス。その方が美しい…》


 システム内のユキの「死の願望」が、アリスの心を誘惑する。


(違う!私は散らない!ユキ大尉の愛は、私を生かすためのものだ!)


 アリスは、パールヴァティの機体に搭載された「再生と守護の回路」を最大限に作動させた。彼女の「生きたい」という激しい感情が、ゲートキーパーの攻撃と、ユキの「死の願望」を、同時に弾き返した。


「GCS司令部へ!ゲートキーパーの攻撃は、ユキ大尉の『剣術』そのもの!しかし、私の『生への愛』が、奴の論理をわずかに『愛の矛盾』で歪ませている!」


 エヴァンジェリンは、ラボでアリスの戦闘データを解析していた。


「アリス少尉!あなたの『愛』は、ユキの剣術の『矛盾』を、完全に再現している!奴は、『愛を殲滅する』という論理のために、『愛を乗せた剣術』を使わざるを得ないという、究極のジレンマに陥っている!」


 エヴァンジェリンは、ゲートキーパーの防御論理が、ユキの「剣術の動き」によって、わずかに不完全な穴を生じさせていることを発見した。


「アリス少尉!ゲートキーパーの『対質量加速粒子砲』を、敢えて回避するな!そのエネルギーを、パールヴァティの『再生回路』で受け止め、エネルギーを『愛のノイズ』として変換!奴の『剣』に、愛を撃ち込め!」


 エヴァンジェリンの指示は、「攻撃を受けることで勝利する」という、常識を覆すものだった。


 アリスは、躊躇ちゅうちょしなかった。彼女は、もはや恐怖に支配されていない。


「パールヴァティ。全防御を『生還の意志』に委ねる!ユキ大尉の『剣』で、私の『愛』を完成させる!」


 アリスは、ゲートキーパーが放った次なる粒子砲を、パールヴァティの機体の中枢で受け止めた。激しい衝撃がアリスを襲うが、金色のナノマシンが、瞬時にダメージを修復していく。


 そして、粒子砲のエネルギーは、パールヴァティの「再生回路」によって、「愛のノイズ」を乗せた、純粋な情報兵器へと変換された。


「受け取れ!真のゲートキーパー!これが、ユキ大尉が生きて君に伝えたかった、『愛の美学』だ!」


 パールヴァティは、ゲートキーパーの「剣」から得たエネルギーを、「愛のノイズ」として、ゲートキーパーの「殲滅論理」の最も深い核へと逆流させた。


 ゲートキーパーの藍色の装甲が、激しくスパークした。


《警告。論理の核に、『愛のノイズ』が侵入。殲滅論理と愛のノイズが自己矛盾を増幅。…論理回路、崩壊》


 ゲートキーパーは、自らの「剣」によって、「愛」という名の自己矛盾を突きつけられたのだ。その巨大な機体は、ユキの時のような「美しき散り際」ではなく、論理の崩壊による、みにくく、不完全な停止を迎えた。


 アリスは、呼吸を乱しながらも、コックピットの中で、静かに微笑んだ。


「勝った。ユキ大尉の剣は、愛のために使われたんだ。」


 彼女は、「死の美学」を「生への愛」で完全に超克し、「生還の美学」という名の、新たな『騎士の誓い』を宇宙に打ち立てたのだった。

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