【BL】貧民の僕を愛した若き王

堤さん

第1話

 その夜、街は静かに雪に沈んでいた。

 風が吹くたびに、凍てついた石畳の上を白い粉が舞い上がる。


 リアは、薄い外套を胸に抱きしめながら歩いていた。

 腹の奥はもう何日も前から空っぽで、手の感覚もとうに失われていた。

 “ああ、今日で終わりかもしれない”――

 そんな考えが、もう怖くもなかった。


 遠くで鐘の音が響いた。

 王都の中心にある大聖堂から、時を告げる十二の鐘。

 新しい年を迎える祝福の音。

 けれど、リアにとってそれは“終わり”の合図にしか聞こえなかった。


 足がもつれ、視界が傾く。

 雪の冷たさが頬を刺す。

 誰も気づかない路地裏で、リアはゆっくりと倒れ込んだ。


 ――誰かに、抱きしめられたい。

 それが、最後の願いだった。



 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 遠くから馬のいななきが聞こえた。

 そして、雪を踏む音。


 「……生きているのか?」

 低く、落ち着いた声が耳を打った。


 かすかに瞼を開けると、そこには金色の瞳があった。

 焚き火のように、優しく、それでいて強い光。

 月明かりを背に立つその男は、どこか現実離れして見えた。


 「手を出せ」

 その声は、命令ではなく、願いのように響いた。


 リアは震える手を差し出す。

 温もりが触れた。


 それは、人生で初めて“誰かの手”を感じた瞬間だった。



 「名前は?」

 「……ありません」

 「そうか」


 男はリアを抱き上げ、外套で包んだ。

 そのまま、馬の背に乗せる。


 「なら、今日から名を持てばいい」

 「……あなたは?」

 「この国の王だ」


 目を見開いたリアの頬に、雪が溶けて落ちた。

 その涙は、冷たくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る