第30話 終結 — 知性という名の実験室(ユリウスエンディング)

 ロゼリアのユリウスの選択と、五人の独占者の運命を情報として差し出すという取引は、シリルにとって最高の対価となった。


 シリルは、ロゼリアの要求通り、ユリウスを王室魔術庁の「特別研究員」として復権させ、ロゼリアを「制御不能な魔力の実験対象」として公的に引き渡す形で取引を呑んだ。この事件の全ての情報は、「魔力科学の発展に必要な機密」としてシリルの管理下に置かれた。


「ロゼリア嬢。貴女が選んだ『真理』の対価は高くつくぞ。この瞬間から、貴女の人生はユリウス・エルドという、最も合理的な独占者によって完璧なデータとして扱われる」


 シリルは裏社会のネットワークとロゼリアの魔力に関する情報を巧みに利用し、ユリウスに国家予算規模の研究設備と、ロゼリアへの絶対的な裁量権を与えた。



 エドガー王太子は、裏路地での暴力と婚約者への横暴が明るみに出たことで、王位継承権の剥奪と国境防衛隊への左遷という形で失脚した。彼は、王権という檻を失ったが、「ユリウスの研究を妨害する不確定要素」として監視され、彼の情報はユリウスの研究効率を測るためのコントロールグループとして利用された。


 ライナス・グレイ騎士は、王命ではなくロゼリアの命を選んだ忠誠心と、裏路地での暴力沙汰を理由に騎士の称号を剥奪された。しかし、ユリウスの「研究施設への不純物侵入防止」という名目のもと、彼はユリウスの研究施設の守衛長として再雇用されるという、最も屈辱的な罰を与えられた。彼はロゼリアを守りながらも、ユリウスの命令に絶対服従する、生ける盾となった。


 ノア・ディンは、裏路地での暴力沙汰を理由に貴族の地位を完全に剥奪された。彼は、ロゼリアの魔力暴走によって心理的に安定した状態を「感情制御の論理的な鍵」としてユリウスに見出され、ユリウスの研究の『感情データ』として、ユリウスの研究施設で住み込みの使用人として働かされることになった。彼はロゼリアに会えるが、単なる感情の記録対象であり、献身はデータとして独占された。



 ロゼリアは、王都郊外に建設されたユリウスの巨大な研究施設で暮らしている。施設は美しく、清潔で、完璧に論理的に設計されていた。


 ロゼリアは望んだ「魔力暴走の解決」の糸口を見つけた。ユリウスは彼女の魔力制御のメカニズムを解析し、その原理を数式と魔導具で表現することに成功した。


 ユリウスの独占は、感情を完全に排除した知性によるものだった。


「ロゼリア。本日午前は1.3時間の魔力収束実験を行う。午後は1.7時間の感情変化と魔力出力の相関性に関するアンケートを行う。食事は、今日のデータに基づき、高魔力生成食に調整した」


 ユリウスは彼女の自由意志を尊重しない。なぜなら、彼の興味はロゼリアの人間性ではなく、規格外の魔力という現象にあるからだ。ロゼリアの体には、魔力の流れを測定するための小型の魔導具が常に装着されており、彼女の一挙手一投足は全てデータとして記録される。



 夜。ロゼリアが研究室のベッドに横たわっていると、ユリウスがデータタブレットを持って現れる。


「素晴らしい、ロゼリア。貴女の今日の魔力出力は、過去最高の98.7%の効率性を示した。このデータは、私の研究を完成させるために不可欠だ」


 彼はロゼリアの額に、冷たい実験器具を当てるような合理的なキスをする。


「愛しています、ロゼリア。貴女の現象を、私の理論で完全に理解し、独占する日が来るまで。貴女は、私だけの究極のデータとして、永遠に存在し続けるのです」


 ロゼリアは、その美しい瞳に映る無関心で狂信的な愛を、静かに受け入れた。


(私は、自分の存在意義を手に入れた。けれど、それは、ユリウスの研究という永遠に終わらない檻の中でしか存在しない。私は、私の知性への渇望によって、この最も論理的な独占に永遠に絆されたのね……)


 永遠の研究は、ここに結末を迎えた。

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