第2話 悪役令嬢、平穏のための傾向と対策

 天蓋付きのベッドの上で、ロゼリア・ヴァリエールはシーツを握りしめた。


 昨日までの絶望は、今は冷徹な氷のような決意へと変わっている。ここは一年前の自室。すべてをやり直す時間がある。


「誰の陰謀だろうと関係ない。私はただ、静かに生きて、静かに死にたい。そのためには、二度とあの舞台に立ってはならない」


 ロゼリアの目標は明確だ。王太子エドガーとの婚約を解消し、前世で自分を断罪した『五人の功績者』との関わりを、徹底的に断つ。


 彼女は冷静に、前世の記憶という名の「攻略本」を開いた。


 傾向と対策 No.1:王太子 エドガー・アルカディア

 前世の誤謬 (過ち): 威厳と正義の塊。婚約者としての私の不器用さや人見知りゆえの冷淡さを『傲慢』と解釈し、最終的に『国家の利益』のために私を切り捨てた。彼が動くトリガーは『高潔な正義感』。


 今世の戦略: 『婚約者として完璧に、しかし心は冷淡に』。


 婚約破棄を望む私から汚点を出すわけにはいかない。公務は完璧にこなす。だが、私的な接触は全て拒否する。彼に「この婚約者は優秀だが、愛がない。私にはリリアン嬢のような『癒やし』が必要だ」と自ら気づかせ、婚約破棄を殿下から言い出させる方向へ誘導する。


 最重要警戒事項: 私の『完璧さ』を『謎』と深読みし、執着しないように細心の注意を払うこと。


 傾向と対策 No.2:護衛騎士 ライナス

 前世の誤謬: 忠義に厚いあまり、彼の『正しさ』の基準が『王太子の正義=全て』に凝り固まっていた。私の私的な行動を、すべて王室への『裏切り』と誤解して報告した。


 今世の戦略: 『隙を見せない、無敵の人になる』。


 彼に護衛の必要性、関わる必要性がないと認識させる。彼は王太子の傍にいるため、物理的な回避が難しい。極力、彼の視線を感じたら無表情になる。私の行動がすべて合理的で公的なものに見えれば、彼は私の調査に『意味がない』と感じ、静かに遠ざかるだろう。


 最重要警戒事項: 孤独に見せかけると『保護欲』を刺激する危険性がある。あくまで『自立した冷徹な鉄壁の女』を演じきること。


 傾向と対策 No.3:魔法使い ユリウス

 前世の誤謬: 感情を一切無視する『知性至上主義』。私の魔力暴走の原因を解析する際、私の精神状態を無視し、論文のための『データ』として結論を出した。彼の関心は『規格外の才能と現象』。


 今世の戦略: 『徹底的な凡庸化』。


 学園では目立たない成績を維持する。魔法関連の講義には極力参加せず、発言もしない。彼に「ロゼリア・ヴァリエールは研究対象として価値がない」と思わせるのが最善。


 最重要警戒事項: 彼は非常に観察眼が鋭い。一瞬たりとも『秘密』や『才能』を垣間見せてはならない。


 傾向と対策 No.4:情報屋 シリル

 前世の誤謬: 『損得勘定』。ロゼリアの真実よりも、リリアン嬢に関するゴシップや、王族の内情に関する『高値で売れる情報』を優先した。彼の動機は『利益』。


 今世の戦略: 『金にならない、退屈な女』。


 彼のネットワークに、私の関する情報が一切流れないようにする。私に裏の顔も、弱みも、金になる秘密もないと思わせれば、彼はすぐに私への興味を失い、標的を変えるだろう。


 最重要警戒事項: 彼に『ロゼリアが前世の記憶を持っている』という秘密の匂いを少しでも感じさせたら、私の命と平穏はすぐに破綻する。


 傾向と対策 No.5:使用人の少年 ノア

 前世の誤謬: 『流されやすい純粋さ』。私への小さな恩よりも、リリアン嬢の可憐さと世間の正義感に動かされ、無意識に私の私的な言動を歪めて報告してしまった。彼は悪意ではなく『未熟さ』。


 今世の戦略: 『徹底的な距離感の維持』。


 彼には一切優しくしない。もちろん冷たくも接しない。公私ともに、『ただの使用人』として最低限の会話のみ。彼が私に個人的な情を抱く隙を与えてはならない。


 最重要警戒事項: 彼は屋敷に最も近い場所にいる。彼の好奇心と良心を刺激しないよう、感情を殺した無表情で接すること。


 傾向と対策 No.6:元ヒロイン リリアン・アロンド

 前世の誤謬: 『悪意なき光』。彼女の純粋な善意と明るさが、私の孤立と冷たさを際立たせ、結果的に私が悪役令嬢となる完璧な舞台を作り上げた。


 今世の戦略: 『絶対的な隔離』。


 彼女が近づいてきたら、冷たく、完璧な貴族の作法で拒絶する。彼女の善意の暴走こそが、私を再び断罪の舞台に引きずり戻す最大のトリガーだ。


 ロゼリアは深く息を吐き、机に置かれたリリアン嬢のデビュタント舞踏会の招待状を見つめた。


「デビュタントか。地獄の再会場所ね。でも、ここが私の『運命を捻じ曲げる』最初の戦場だわ」


 彼女のアメジストの瞳には、微かな焦燥と、それ以上の冷徹な戦略家の光が宿っていた。

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