第22話 東市にて 手嶋王
それぞれの
「
「行く機会があればな」馬鹿正直に答え、先程に買った
「見事な彫だ。これならば、
「柘植細工ならば、そうやも知れぬな」
「
どこまで本気で言っているのか知れないが、その言葉はこちらが返したい。手嶋には懇意どころか、関係を持つ女嬬(下級の女官)が何人もいると噂されている。中流出身者の多い女嬬にとって、親王の孫の
「兄上は誰にやるつもりだ」
「さて、この度は誰にしようか。思案のしどころだ」
「それは大変だな」気の抜けた返事をし、釵子を懐に戻す。
異母弟として条件は似たようなものだが、任官してこの方、女嬬や
「それよりも、面白い話を聞きとうないか」兄は突然言う。
「面白い話か」私は鼻先で笑う。
「まずは日陰に入ろう。炎天下を歩いていては、暑うて適わぬ」言いながら、堀川近くの大きな
樹の下には既に先客の男女がいる。近づいて来た私たちの
手嶋はすれ違いざまに、済まぬなと声をかける。女の方が、いささか驚き気味に顔を上げる。私たちのような身分の者が、
「面白い話をしてくれるのだろう」
汚れるのも構わず、私は樹の根元に
「ああ、そうだな。もうすぐ、臨時の
「臨時だと、定期ではないのか」横目に窺いつつ聞き返す。
「夏の定例人事は六月だ。その前の叙位の折りに、少しばかりの変動を公表するようだ。何でも
「無理もあるまい。この暑さで、すっかり体を壊しているようだからな。それで、後任は決まっているのだろう」
「多分、
私はうなずき前を向くと、道を行く人々を眺める。半裸の男が、殆ど裸の子供の手を引いて川辺を行く。父親は真っ黒に日焼けをしているが、子供の肩や腕は赤くなって痛々しい。日焼けではないが、東大寺の鋳造現場で、あの子供のように、むき出した皮膚に火脹れを作った者らを見た事がある。
「更には
「ああ、その話は
横目に
「
そうなれば、南家に続いて北家も兄弟で太政官入りとなる。
「いいや、大納言の
「まさか、大納言と大臣の兼任か」意外な答えに、顔ごと向けて聞き返す。
「兼任にはなるまい。内臣そのものが、以前の例とは違うようだ。権限がより大きくなる」兄の顔もこちらに向く。
「そうなのか。では、大納言の後任もいるのだな」
「それは聞いておらぬな」
「まあ、
相手が兄なので、上位者を平然と呼び捨てにして考え込む。
「
「何やら分からぬな。天皇あっての内臣であろうに」
「まあ、今少し待てば分かろう。あの方々の考える事だ、
「また南家の兄弟の共謀か」私はつい声を潜める。
「さて、右大臣はどこまで承知しておられるのか」囁くほどの声で言い、
「何なのだ、まさか右大臣は
では、あの方々とは誰なのか。南家大納言が北家や他の家と共謀するとも思えない。
「南家といえども、決して一枚岩ではなかろう。最近では大納言の発言権の方が大きい」ややも批判的に手嶋は言うと、一旦腰を浮かせ、樹の幹に寄りかかるように座り直す。
「北家の付け入る隙ではないのか、それでは」
私はなおも分からないと首を振って見せる。
「そう単純な事でもない。北家であろうと式家であろうと、藤氏の内紛は望んでおらぬ」
「どうせ俺は単純だ」
座り直しても木漏れ日が目に入るのか、手嶋は眉の上に
「それはそうと、
この目つきが一筋縄では行かない気がして落ち着かない。
「まあ、訳ありそうだった故に」
私も座り直そうと腰を浮かせる。微かだが、木の根か何かが
「父上の
「知っているのなら、わざわざ聞くな」
足を投げ出し、兄をまねて樹の幹に背中を付ける。
「あの時の事、汝はどれ程、
あの時とは、天平十七年か。都が数年ぶりに平城に戻った後の事だろう。
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