第21話 仲夏五月 東市にて 櫛を売る媼
雨期に入ったものの、今年は雨が少ないのかと人々は危ぶむ。それでも五月の声を聞けば、ようやく本格的な降雨を見る。降れば降ったで
「
「佐保どころか、春日野ならば絶対に漬かぬだろう」と
「あそこに住むのは遠慮したいな。風向きによっては、造仏所の煙がまともに吹いて来るぞ」真剣な答えが返る。
梅雨の晴れ間は、例年に漏れず蒸し暑い。五月半ば、一月ぶりに
「おやまあ、今日は違う
板屋根の一番端の店で、白い髪の
「良い御方への贈り物は、御決まりになられましたか」目じりにも皴を刻んで媼は笑い、売り台の上を
「もしかして、あの時の立ち回りの
何なのだ、立ち回りとは。内心で笑い飛ばす。同行する若い資人は、我関せずで向かいの
「あの時の
「ああ、かなり具合も良うなった」
「
「詳細は知らぬが、家の者に知り合いがいるらしい。そうなれば
「御偉い御方は、
笑い返したつもりが、気の抜けた溜息になる。そして
すっきりと切れ上がった一重の大きな目が、問い掛けるように瞬く。そして薄く整った唇の両端が笑いに上がる。
「いつから、そこにいたのだ」私は振り向いたまま問いかける。
「いつ、気付くのかと思うていた」組んでいた腕をほどき、
「おやまあ、
私たち兄弟は、いずれも父親似だと言われる。しかし、手嶋の
「分かるか」手嶋は私の肩越しに愛想良く答える。
「分かりますとも、良う似ておいでですわ。御身様が兄君に在られましょう。
「生憎と、俺はまだ独り身だ。まあ、通う女の二人や三人には事欠かぬ。少し見せてもらおうか」
何を自慢したいのか、私を押し退けながら抜け抜けと答え、売り台に屈みこむ。
「弟君は如何でしょうかな」
「こいつはダメだ。以前に惚れた女に逃げられて、それ以来、他には目も行かぬ」
こちらを見もせずに首を横に振ってくれる。
「おやまあ、
「人聞きの悪い事を言うな。俺とて通う相手くらいいる」つい買い言葉が口を突く。
手嶋の肩越しに媼の笑い顔が見え、私は少しばかりむきになって、台の上の
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